第15話 魂返し

俺は森の上を飛び、5分ほどでコルトドンに追いついた。

やはり正気を失い暴れ回っている。

目には光が無く、全てが尋常じゃない。

苦しい、辛い、痛い、もどかしい、助けて。

何故かそんな感情が湧いてくる。

俺は奴の前に降り立つ、取り合えず落ち着かせなければ。

大人しくしろと言葉で言っても落ち着く筈が無い。

仕方ないのでコルトドンに”スリープ”をかけた。

掛けるとほぼ同時に、奴は崩れ落ちるように倒れ込み、眠り込んだ。


「悪いな、時間がないんだ。」


そう言うと、俺はゆっくりと奴の胸に核を近づけた。 


「すまなかった。

俺達人間がとんだ目に合わせちまったな。

もう少し我慢してくれ。」


核にヒールをかけながら、少しずつ奴の胸に押し込んでいく。


「頼むからうまくいってくれよ。」


俺は祈るようにさらに力を込めた。

少しずつ時間をかけ、ようやく元々在っただろう位置までそれを押し込んだ。

どうやら拒絶反応はないようだ。


「さて後は目を覚ました後、どういう反応をするかだな。」


俺は用心の為、奴との間に少し距離を取り、”スリープ”を解除した。


「頼む、正気に戻ってくれ。」


やがてコルトドンはゆっくり目を開けた。

そして暴れる事もなく

当たりをキョロキョロ見渡している。

本来のコルトドンの性質に見える。


「良かった。大丈夫そうだな。」


のっそりと起き上がったこいつに、俺はゆっくり近づいた。


「これからはなるべく人のいる所へ近づかない方がいいぞ。

お前は優しい奴だけど、

図体がデカいから、それだけでも人間はお前を敵視すると思うし、

何よりお前の核の事が知れると、それを狙った奴らに殺される確率が高くなる。

て、俺の言っていること分かるといいんだけどなぁ。」


コルトドンは小さな目でじっと俺を見つめ、やがて鼻ズラを俺の顔の前まで下ろし俺の顔をベロリとひとなめした。


「分かってくれたのか?

まあ分から無くてもいいや、んじゃな。」


そう言って俺はコルトドンに別れを告げ、ジュリの元に飛んだ。




「では、間に合ったんですね。」


「ああ、正気に戻ったぞ。

核を取り出してから、さほど時間が経っていなかったのが良かったのかな。

奴はなかなか愛嬌が有ってかわいかわいいな、

あれで図体が小さかったら、一緒に旅に連れて行きたかったぐらいだな。」


「私の事は拒否したくせに、コルトドンは連れて行きたいのですか。

そうですか、分かりました。

お師匠様にとって、私はコルトドン以下なんですね!」


何やきもち焼いているんだ。

それも相手はコルトドン。

やっぱりお前はお子ちゃまか。

でも、今はお前の焼きもちに付き合っている暇はない。

この問題を引き起こしたこいつをこのままにしては置けない。


「さて、洗いざらい吐いてもらいたいが、その前にやりたい事が有る。

お前のアジトに案内してもらおうか。」


そういうと座り込んでいた奴を無理やり立たせた。

奴は反抗的な目で俺を睨み付けていたが、軽く小突いたら涙目になりながら、

喜んで案内してくれた。




「ここがお前のアジトか。」


「お師匠様、アジトではなく屋敷ですよね。」


五月蠅いなぁ、確かに屋敷だよ。お屋敷。

そう呼ぶに相応しい規模の建物だった。


「さて、お前が魔獣から取った核を、全て出してもらおうか。」


奴は文句も言えないので、しぶしぶと召使の手を借りて核を庭に運び出した。

庭に用意したテーブルの上には、大小合わせて50個ほどの核が並べられている。

大小と言っても、全てが想定外の大きさだ。


「これで全てか?」


じろりと魔術師を見ると奴の目が泳ぐ。

違うんだな。

俺は屋敷全体を見渡した。

どうやら隠し部屋があるようだな。

俺は、見当をつけた部分の壁を、外から盛大にぶっ壊し、

残っていた核を庭に移動させた。

それは、それぞれが見事な色、材質、大きさだった。

この魔術師……あーめんどくさい!


「おい、お前の名前、何て言うんだ!」


「ドアリ・バスクス」


そう答える。


「ずいぶんなめた真似をする。隠したつもりだろうが甘かったな。」


「そうですとも、お師匠様に逆らうなど、ずいぶん度胸が有りますね。」


どういう意味だジュリ。

まあいい、それよりも先にやりたいことが有るんだ。

俺は核に意識を集中し、気配を探る。

その中で比較的新しい物を見つけ出しさらに念を込めると一つだけ反応があった。

大きくて、青く澄んだ、素晴らしい核だ。

それはゆっくり浮かび上がると勢いをつけ森の中の一点をめがけ飛んで行く。


「行ってくる!」


俺はジュリに言い残し核を追った。


核はしばらく飛ぶと森の上空で徐々に高度を下げ始めた。

見ると超巨大な魔獣らしきものが倒れている。

あれがお前の本体なんだな。

やがて核は魔獣に一直線に飛んで行き、

そのまま体に吸い込まれるかのように思われた。

が、やはり弾き飛ばされてしまった。

俺はその傍らに着地し直径20センチほどもある核を拾い魔獣に駆け寄った。


魔獣は考えられない大きさの漆黒のピューマジアだった。

立ち上がれないのか横になったままもがいている。

血走った眼をし、息使いも荒い。

ただでも他の魔獣と違い、

ピューマジアはまるで森の王の様に、堂々とした気品が有る。

それが今はそのかけらも無い、なんとも哀れな姿だ。

もしこの大きさで正気を保っていたら見惚れるほどの姿態だろうに。


「…ごめんな。」


そう言わずにはいられない。

お前も犠牲者なんだよな。

ピューマジアにスリープをかけた後

俺は祈りを込めながら核を奴の胸に押し当てた。

頼む、間に合ってくれ。

願いを込め、先程のように少しづつ、

核にヒールを加えながら胸に埋め込んでいく。

そしてようやく全てが体内に納まった。

良かった、間に合ったか?

そう思い少し離れてからスリープを解く。

目覚めた奴は鋭くも穏やかな目をしていて、

ゆっくりとその巨体を動かし立ち上がった。


「すごい……。」


体長は5メートルもあるだろうか、

普通は大きくても3メートルほどの大きさだから、やはり桁外れの大きさだ。


「森の王…。」


そう呼ぶのに相応しい。

王は四肢をしっかり踏ん張り、頭を大きくめぐらせて俺をじっと見つめた。 

どうしたんだ?

もう大丈夫だよな?

俺には奴が一瞬微笑んだような気がした。

そしてグオーッと大きな咆哮を一声あげたとたん、

奴の体の輪郭が薄れ、次の瞬間ざっと音を立てる様に霧散した。

残ったのはやつの核である青く美しい大きな宝石のみだった。

太陽の光を浴びキラキラ輝いている。

俺はそれをゆっくり拾い上げ見つめる。

宝石に一滴、二滴と滴が落ちた。


「やっぱり間に合わなかったんだな……。」


辛いなぁ、もう少し早かったら助かったのかな?

美しいその宝石をかき抱きしばらく立ち尽くしていた。



ジュリの所に戻ろう。

俺にはやらなくてはならない事がまだ残っている。

俺は目元をグイッと拭い、ピューマジアの核をしっかり抱え直し

ドリアの屋敷を目指し飛び立った。


戻って俺がまずしたことはドアリの面を思い切り蹴り倒した事だ。

奴は蹴られた部分を両手で押さえ大声でギャーギャー文句を言っているようだが

”サイレント(黙れ!)”を言い渡しているから何も聞こえない。

お前に文句を言う資格はなし!

俺か?俺はピューマジア達の代弁者だ!おこがましいかもしれないけど。

しかし、悔やまれるのは、もっと早くこの事に行きついていれば、

コルトドンのように助かった魔獣もいたかもしれないという事だ。

今更手遅れではあるが……。

さて、早急に行わなければならない事は終わった。

後はじっくりお前の断罪に付き合ってやるぞ。

俺は奴にソウルタイをかけ、


「お前は事実しか言えない。今からする俺の質問に全部答えるんだ。」


そう言うと俺はズルズルとやつを引きずって屋敷の中に入った。

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