儚くも しき世界

郡青

儚くも悲しき世界

 はっと目を覚ます。どうやら夢を見ていたようだった。大学生としてキャンパスライフを謳歌するという、なかなか楽しい夢だ。大学どころか高校も行っていない俺としては、学生という身分をしょって、時にバカに、時に真面目に、平穏に、豪快に過ごす毎日というのは、確かに少しあこがれる。今の方がよっぽど派手な生活をしているのだが。

 ドンドンっという荒っぽい叩き方でドアがノックされる。多分同じバンドのボーカルだ。「おう!」と返事すると同時にドアが勢いよく開かれる。

「おうじゃねえよ、何してんだ!もうリハだぞ!」

どわっと寒気がし、時計を見てみると既にリハーサルの3分前だった。チューニングがまだ済んでいないというのに。「やっべ…」

「やべえじゃねえこの馬鹿野郎!やっとテレビに出れたってのに…、ここでシクったらもうねえんだぞ!」

大急ぎで着替えながら脳裏をよぎったのは以前番組をバックレたグループのことだった。のちにさんざん叩かれ、テレビから姿を消し、最近は現場でも見なくなった。それを思い出すともう冷や汗が止まらない。震えてきた。「すまねえ…」と呟きながら大急ぎで着替えるが、ボーカルの目には炎がともっていた。

「まあいいじゃねえか。バックレるわけじゃねえんだ。『初登場で大遅刻!』なんてロックっぽいだろ?堂々としてりゃ誰も気にしないさ。」

そうフォローしたのは、ドラム担当だった。こいつはいつもこの調子だ。いつもこうなのだが…

「ふざけんじゃねえ!アンスの二の轍は踏まねえって言ったのは誰だ、あぁん?」

ボーカルが食って掛かる。こいつは昔から売れることに貪欲だった。その為には何でもしてきた男だ。「よせって!俺が悪かった!あとで詫びるから今は落ち着け!」そう言うが、もはやだれが悪いという話ではなくなっていた。

「おう、喧嘩かよ?てめぇここでぶっ殺したっていいんだぜ?おい」

ドラムが胸倉をひっつかみ、ドスの効いた声音で脅す。元々半グレにいたのもあるが、人を傷つけることに抵抗が全くない。こいつの言う『殺す』はマジだ。いつもなら委縮するボーカルが、今日に限って一歩も引いていなかった。「やめろやめろ!マジでやめろって!殴んなら俺にしろって!」そう言うが、二人の耳には届いていない。

「今日はずいぶん粋がんじゃねえか、え?俺キレさせたらどうなるかわかってんだよな?」右手は胸倉、左手は尻ポケットの態勢でドラマーが言う。

「うるせえ!俺は前から気に入らなかったんだよてめえがっ!」ゴッ

時間が静止したようだった。ボーカルはハッとした表情、俺は思考停止し、ドラマーは…目が据わった。一瞬にも、一時間にも思えた静寂の後、聞きなれない音が耳に入った。砂に棒を突き立てたような、木にナイフを刺したような、そんな音。「かぁ…」という、嗚咽か怨嗟の声とともに、ボーカルが倒れた。俺は・・・ただただ、立ち尽くした。


  はっと目を覚ます。どうやら夢を見ていたようだった。バンドマンとしてド派手な生き方を謳歌するという、なかなか楽しい夢だ。楽器なんてリコーダーくらいな私としては、楽器とストリートで鍛えた筋肉を武器にして、時にバカに、時に真面目に、喧嘩し、飲む打つ買うの三拍子、というのは確かに少しあこがれる。平穏な毎日が一番なのだが。

 ピリリリとタイマーが鳴る。どうやら早めに起きたらしい。出勤の用意をしていると、メールが来た。店長からだ。

『きょう台風だから店閉めときます。みんな気を付けてくださいね。』

暇になってしまった。

 10年前、今の店長と開いた喫茶店は、今や大人気の店となり、海外からわざわざコーヒーを飲みに来るお客さんが来るほどになった。店長の意向でのれん分け以外に店を広げるようなことはしていないので、正直給料は、周りから思われているほどよくはない。だが風呂無し6畳一間から1LDKに住めるほどには生活レベルが上がった。これもすべてあのコーヒーのおかげだ。おいしい、おいしいコーヒー。あのコーヒーには秘密があるのだが、旗揚げメンバーしか知らない。つまり、私と店長だけだ。暗い笑いがこぼれる。まぁ一生誰にも言わないだろう。

 外を見ると、まだギリギリ外出できそうだったので、薬局に行くことにした。カッパを探していると、電話が鳴った。店長だ

「あ、もしもし?今店にいるんだけど、原島君アレ、どこいったか知ってる?」

アレ?確か…「多分いつものとこですけど。」

「う~ん、それが無いんだよね。持ってった?」

嫌な予感がするが、こういう時に焦っても仕方がない。「いや、昨日のシメの時にはありましたよ。ちゃんと隠しました。」

「…本当、だよね?」

焦りが伝わってくる。「ええ、もちろん、本当です。」

「じゃあ…どこだ?また連絡する…。」切られた。

不安が心を侵食していく。アレは見つかったらまずい。ヤクザにも、警察にも。でもどちらかが動いたなら店長も私も、ただではすんでいない。じゃあ地元の悪ガキか?いや、店長がわざわざ聞いてきたということは、不自然な点がなかったということだ。じゃあ誰だ?

 心臓がどんどん高鳴っていく。盗んだのは誰だ?なぜばれていた?なぜ何もしてこない?なぜ現場に証拠がない?なぜ…。思考が奔流していく。冷静さを欠いていく。「ああああああああああ!!!!!」ガリガリガリガリ頭をかきむしる。膝が笑う、腰がすくむ、胸が高鳴る、息が苦しくなる。どうしてだ、何が目的なんだ?疑念は止まらない。嘆く暇もない。悪辣に手に入れた偽りの平穏はいともたやすく崩れ去った。思いきり吐いた。もうこれから平穏な日は二度とこない。


 はっと目を覚ます。どうやら夢を見ていたようだった。小ぢんまりした喫茶店で、平穏な日々を過ごす、なかなか趣のある夢だ。コーヒーなんて一切飲めない僕としては、小さな店でたくさんのお客さんを相手に、時にバカに、時に真面目に、静かに、コーヒーの香りに包まれ、小さな幸せを見つけていく毎日というのは、確かに少しあこがれる。結局今の生活の方が充実しているのだが。

 高校までは全くモテず、影の薄かった僕だが、今となってはいっぱしのプレイボーイだ。なんの努力もせず、自然と彼女ができ、ワンナイトラブと浮気を含めれば大学4年で100人切り間近だ。女に飽きたというふざけたセリフも言えるようになった。未だに格好は中学生の様だが、上は40の人妻から下は…っと言えない年まで抱いた。いわゆる男の娘や、かわいい顔した男まで抱いた。何の努力もしていないが喧嘩も強くなった。美人局に遭った時、思いきりチンピラを殴りつけ、そいつはいまや舎弟だ。ヤクザの事務所に乗り込んで、なんかひどい扱いを受けてた風俗嬢を助けた。流石にその時はやばかったが、弾丸の軌道を読んで組長に当てさせてやった。こんな生活をして居る僕だが、当然勉強はできる。GPAは常に10だし、TOEICは1000点満点で、990点で満点とかほざいてる輩とは違う。卒論も順調だ。テーマは『科学史にみる東洋と西洋の文化差』。ゼミでは常に率先してリーダーとなり、先生を言い負かすほど論戦に強くなった。内定ももちろん決まっている。ハーバード大学の教授だ。しかも専門じゃない獣医学。かなり困ったが、アメリカの女の人を抱けると思い、引き受けた。他にもMITやロンドン大学、東大、ミラノ大学、フィンランド大学、ロシア大学あたりがスカウトしてきたが、全部蹴ってやった。給料が安すぎて話にならなかったし、学会でぼろくそに言ってやった先生がそれぞれいてその人たちがかわいそうだったからというのもあった。日本ではプレイボーイとしてしか名が知られていないが、実は海外の雑誌で次期ノーベル賞候補として頻繁に挙げられている。数学賞から音楽賞まで、常に僕の名前が載っている。ただこの若輩者に賞をあげるのが嫌らしく、学会の権威たちに必ず妨害される。

 毎日が充実している。今からまた女の人の所へ行く。今日の相手は1つ上の先輩だ。美人で名が通っており、僕の浮気性を容認してくれる。コンビニでアレとアレを買って電車に乗る。今からひと眠りできる距離だ。どうせ今日は寝れないし、今のうちに寝ておこう。


 はっと目を覚ます。どうやら夢を見ていたようだった。大学生としてキャンパスライフを謳歌するという、なかなか楽しい夢だ。大学どころか高校も行っていない俺としては、学生という身分をしょって、時にバカに、時に真面目に、平穏に、豪快に過ごす毎日というのは、確かに少しあこがれる。今の方がよっぽど派手な生活をしているのだが。

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