08

「ただいま…」

緩慢な動きで靴を脱ぎ、家に上がる。

居間の方からは夕飯の支度をする音が聞こえていた。

「ごめんなさい、遅くなりました。」

トントンと野菜を刻む背に声を掛ける。

「おかえり。心配するから、もうちょっと早く帰ってこないといけないよ。」

調理の手を止めて、パパはミルクを温め始めた。

もう一度ごめんなさいと呟いて、こたつに潜り込む。身体は芯から冷えていて、本当は直ぐにでもお風呂に入りたいくらいだった。

「コートくらい脱ぎなさい。」

湯気の立つカップを私の前に置くと、パパは私から上着を剥ぎ取った。

されるに任せた後、作ってくれたホットミルクを両手で包み込む。

かじかんだ指先がジンジンと熱を取り戻していく。一口飲むと、じわぁと身体の中から温まっていく。

ほろり、と一粒。

零れたと思ったら、ほろほろほろ…ととめどなく涙が溢れてきた。

上着を掛けて戻ってきたパパがぎょっとして、大慌てで寄って来た。

「どうした!?外で何かあった!?」

「ううん、寒かったから…」

わたわたしながら、遠慮気味に、背中に手をあててくれる。ぽんぽんと軽く叩いたり、撫でたり。

「…んー、パパもお風呂の温かさで泣きそうになる事あるけど…」

信じていいのか、いじめにあったりしたんじゃないか、多分パパはそんなことを心配してくれている。

「ごめんなさい、本当に、パパが心配してるようなことはないです、違うの。これは。」

自分でも涙の原因はよく解らない。

洟をかもうとティシューへ手を伸ばし、

――机の上に、とんでもないものが置かれているを発見した。

「パパ!!」

「はい何!??」

涙も洟も引っ込む驚きに、パパもビクッと小さく跳ねた。

「これ、これこれ…ッなんで…」

机の上に無造作に置かれていたのは、姫さまのご神体の残骸だった。



「鏡月山には小さいけどお社があって、かみさまを祀っているんだ。これはそのご神体。」

強く2回頷いて、続きを促す。

「あのお社は管理者がいないみたいなんだけど、じいちゃんが偶に見に行っててね。『おまえも時々世話してやってくれ』なんてよく言われてたのを思い出して。」

午前の内に、お供えを持って社に行っていたらしい。

そのお供えを狙って、鼠さんは姫さまを割ってしまった――。

その後軽く散策をしてから再び戻ってきたパパは割れた鏡を発見し、修復の為に持って帰っていた…と。

「…パパ…なんてことを…」

「う。掃除した時に触っちゃってたのかなぁ。」

いや、落としたのは鼠さんなんだけど!

残りの破片が森の外に持ち出されていたなんて。

狐さんが正しかった。例外が起きていたようだ。

「とにかく、早く姫さまに返しに行かないと…!」

「姫様?」

「あ、お社に…」

「大丈夫、責任もってパパがちゃんと直して戻しておくから。」

それでは遅いかも知れない。

姫さまはもう随分猶予がなさそうな状態だった。

「でも――」

「もう夜だよ。山へは入っちゃダメだ。」

ピピーッと台所から電子音が響く。

「ほら。ご飯も炊けたから。もう夕飯の時間だぞ。」

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