06

私たちが戻ると、梟さんもちょうど戻ったところだった。

「皆戻りましたね。…梟。それは。」

兎さんが鋭い眼で梟さんの隣を見ている。

「・・・」

梟さんの隣には、もう一人いる。見た事のある顔をしたもう一人。

「鴉だよ。見つけたから取り敢えず連れてきたが、まだ何も聞いてない。」

「・・・」

鴉さんは喋らない。

「やっぱり、昼間の人だ。足、大丈夫ですか?」

「・・・ああ、ハンカチの…。」

話しかけると、意外にも返答があった。

「はい、カナコっていいます。」

「・・・」

鴉さんはただじっと私を見ている。

どうしたものかとちょっと困っていると、梟さんが切り出した。

「君、湖から鏡を持ち出さなかったかい。」

その問いに鴉さんはコテンと首を傾げた。

「鏡?…そういえば、それっぽい破片だった。あれ、鏡だったのか?」

どうやらそれと知らなかったようだ。

兎さんは信じられないというように鴉さんに詰め寄る。

「…破片?鴉が見つけた時には、既に破片だったとでも?」

「ああ。ほとりに何片か散らばってて、キレイだったから。でもおかげで足を切った。」

「これだな。ほら、1片は見つけたぜ。」

狐さんが破片を持って現れた。

それを見て鴉さんは頷いた。

「持って行こうとしたのはそれだけだ。最初に怪我をしてしまったから、気が逸れた。」

「君が持ち出す時に割ったのでは?」

念のためと梟さんが問うが、鴉さんは首を振る。

「流石に、姫君のご神体と知っていれば手は出さない。

 装飾鏡だと聞いていたし、あの破片がそうだとは思わなかった。」

違和感が走った。

「それは…その破片の中に、装飾部分がなかったという事です?」

「ああ。3つに割れた鏡面だけだった。」

「・・・。装飾部は、見つけたよ。ほら。」

鼠さんが先程見つけて来た装飾部分を差し出す。

「じゃあ、血の付いてない2片の鏡面がまだ何処かにあるって事ですね。」

「完全に信じたわけじゃありませんが…今は良しとしましょう。

 残りの破片は引き続き梟と狐と鼠で探して下さい。」

兎さんは3人に指示を出すと、私に振り返った。

「カナコにはやって頂きたい事がありますので。」

「なんですか?」

「この破片の浄めです。

 どうせ割れてしまった物ですが、せめて血の不浄を取り除いておきたい。」

「あ、はい。」

「姫さまの具合がどうにも芳しくなく―」

突然、背後でドサリと音がした。

「ぐ、…ぁ…」

鴉さんが地に伏せ、喉元を抑えて苦しんでいる。

「鴉さん!?」

「比売さま…!」

私が鴉さんに駆け寄ると同時に、兎さんは湖面の姫さまを仰ぎ見た。

湖の上。

姫さまは目を真っ赤にして髪を逆立てている。

金色の光を纏っていて、怖ろしい雰囲気を放っていた。

「我ガ神域ヲ荒ラス者――滅セ、滅セヨ…・・・ぐッゥ、」

「比売さま、しっかり!貴方は鎮守です!森に住まうものを祟ってはなりません!」

ゆらゆらと、怖ろしい気配が揺らぐ。

姫さまは苦しそうに数度呻いて、ゆっくりと元に戻っていった。

「く、ぅ…わ、解ってるわ、兎…。なんだか、時々、意識が飛ぶの…。ごめんなさい。」

怒っているのだろうか、鏡に血を付けてしまったから?

「姫さま…大丈夫ですか…?

 鴉さん、悪気があったわけではないのです。許してあげて下さい。」

「うん、解ってるわカナコちゃん。大丈夫、大丈夫よ…。鴉も、ごめんなさいね。」

「・・・」

鴉さんは喉を抑えてまだ辛そうにしているが、ただ黙って頷いた。


姫さまの怒りで荒れた湖面を鎮めるそうで、すぐにお浄めに入れないらしい。

見ると梟さんはまだそこに居た。

「・・・」

何か考え込んでいるようだ。

「梟さん?」

「ああカナコさん。何かな?」

声を掛けると優しい笑顔を向けてくれて、少し安心できた。

「…姫さま、大丈夫でしょうか。」

「大丈夫…とは言い難いね、残念ながら。

 今の姫さまは力が満ちる時期なんだが…強い力とは、暴走しやすいものだ。」

氷の張る時期は力が強まると兎さんも言っていたのを思い出す。

「さっきみたいな、コワイ姫さまに変わっちゃうんですか?」

「最悪ね。そうしないために、君にお浄めを頼むんだ。」

「はい。精一杯頑張ります。」

それなら頑張らなくてはと意気込むと、梟さんは私の肩を軽く叩いた。

「うん。そこまで気負わなくていい。宜しく頼むよ。」

「姫さまもヤバいが…残りの2片、森にあると思うか?」

いつの間にか狐さんも居て、横からそんな事を言った。

「でも姫さまは、外には持ち出せないって。」

「言ってたけどよ。何事にも例外はあるんじゃねぇか?

 こんだけ探したんだぜ?どうだかなぁ。」

どうやら狐さんはあまり探しに行く気がないようだ。

そうしている内に兎さんからお呼びがかかった。

よし!お浄め頑張ろう。

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