ダイヤのおにぎり

よこどり40マン

ダイヤのおにぎり

 ある日の昼休み。


「ダイヤモンドとおにぎり、どっちに価値があると思う?」


 クラスメイトの女子、炭谷さんはたしかにそう言って、弁当を食べようとしている僕のところに接近してきた。コンビニのビニール袋を僕の机の上に置いて、前の席のイスを無断拝借する。


「えっと……それは、どういう意味?」

 当然の疑問を投げかける。でも、炭谷さんはにこにこと笑いながら、


「これは重大な問題なの。さっき数学の時間に天井から降ってきた。さあ、どっち?」


 僕の質問を流れるように無視した。普段からよく面白い冗談を言ったりする炭谷さんだけど、この問いかけはさすがに意図がつかめない。

「炭谷さん、あのね、突然そんなこと言われてもよく分かんないよ。説明してくれないと」

 僕は自分の弁当のふたを開けつつ、そう言った。中には偶然にもおにぎりが二つ並んでいる。炭谷さんはそれを指差して言葉を続ける。


「考えてみて。そのおにぎりとダイヤモンドだったら、どっちが貴重かな」

「そりゃ、ダイヤモンドのほうだと思う」

 僕のそんな反応を受けて、彼女は真剣な顔つきに変わり身を乗り出す。

「それはどうして?」

「どうしてって……宝石の方が高価だから」


「ぶふふーっ!」


 一瞬で変顔になり、吹き出す炭谷さん。

 僕はもう、どう反応すればいいか分からない。


「何が可笑しいのか、って顔してるね。いいよ、私が説明してあげる」

 彼女は人差し指を立てて解説を始める。


「今しがたキミが言った意見は一般的ではあるだろうけど、とても陳腐でつまらないものなの」

「一般的だったら、いいじゃんか」

「だめ。キミはそんなつまらない人生を歩んでいくつもりなの? せっかくならもっと面白い意見を持とうよ」


 口をとがらせて説教する炭谷さんと、説教される僕……。早く弁当に手をつけたいんだけど、それもだめなのかな。


「でもね、私は別におにぎりの肩を100%持つわけでもないんだ」

 僕の気持ちを知ってか知らずか、炭谷さんはまだ続ける。

「まず、ダイヤモンドだけど……一般的には高価なものが多くて、金銭的な価値は充分にある。値段によってはそれだけでステータスになるし、贈り物だったら一生の思い出にもなるよね」

「うん」

「逆におにぎりはね、比較的安くてすぐに食べられるという利点がある。しかも総じて美味しくて、空腹を満たすことができる。生きるために必要なプロセスを補うこともできるんだよ」


 だんだん会話に熱を帯びてきて、両手を広げながら話し始めた炭谷さんは、いたって真剣そのものだった。そこで僕は、彼女の話を聞いて自分が思った疑問点をぶつけてみる。


「でも、炭谷さん。おにぎりはあまり長持ちしないし、具の種類によっては好きじゃない人だっているかもしれないよ」

「そう! いいところに気がついたね!」


 炭谷さんは新しいおもちゃを買ってもらった子供のような笑顔を見せる。同時に、机をバンッと両手で叩いて勢いよく立ち上がると、唾を飛ばしながら朗らかに力説し始めた。


「実は、それぞれに欠点があるんだよ。ダイヤモンドは永遠の輝きって言うけど、それを手に入れるためには、生きるのに必要な経費を何日ぶんも消費してしまう。そしておにぎりは、今キミが言ったことがそのまま欠点になるね」

「はぁ……」

「長所と短所があるぶん、この考え方に答えを出すのは難しいんだよね」

「そっか、分かった。じゃあ、さっさとお昼ご飯、食べちゃおうよ」


 このタイミングで促さないと、いつまでたっても空腹は満たされない。僕が弁当のおにぎりにパクつこうとした、その時――。


「あ…………」


 と漏らした炭谷さんから、空腹の合図がグググ〜っと、それはもう盛大な音を立てて流れてきた。


 ぴたりと固まる炭谷さん。どうして声をかけようか迷っていると、


「……やっぱりアレだね。何が価値あるかっていうのは『自分の欲望に訊いてみる』、これに限るね」


 そう言いながら彼女は、目の前のビニール袋をガサゴソと探り始める。


 出てきたのは──コンビニのおにぎり。


 炭谷さんはそれを一寸の迷いもなく素早く開封し……満面の笑みで、とても美味しそうに頬張り始めたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダイヤのおにぎり よこどり40マン @yokodori40man

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ