カメムシ大流行
秋村ふみ
カメムシ大流行
僕の田舎は青森の山奥にあり、春と秋は、部屋に侵入してくるカメムシとの格闘で忙しい。布のガムテープやらティッシュやら、カメムシの姿をみると即座に駆除した。
部屋でコーヒーを飲んでいた時のことだ。飲み終えるとカップの中に黒い物体が残っていて、よく見るとカメムシの死骸だった。僕の気付かぬうちにコーヒーカップの中で溺れたのだろう。そうとも知らずにカメムシ入りのコーヒーを全部飲み干してしまった。苦い思い出だ。それ以来コーヒーは飲めなくなった。
彼女とドライブデートした時も、車内を飛び交うカメムシに気が散って、ムードが台無しだった。しかもそれは僕にとっての初デート。車窓の内側にカメムシが十匹も二十匹も張り付いていて、終いには彼女が車を降りて帰る始末。あの時ほどカメムシを恨んだことは無かった。
カメムシまみれの田舎が嫌で、僕は田舎を飛び出した。上京してきて借りた部屋にはカメムシが一匹もいない。やがて五年の月日が流れ、最近はコーヒーも飲めるようになってきたし、新しい彼女もできた。
そんなある日の朝、一人で部屋でテレビを観ていた時のことだ。青森出身のイケメン人気タレントが、報道バラエティーでこんなことを言い出したのである。
「実は僕、カメムシ大好きなんですよ。僕の腕を歩いているカメムシをみたら可愛くて。もし付き合うとしたら、カメムシに理解のある女性がいいですね」
「いるかそんな奴!」と僕はテレビにむかってツッコミをいれた。あんな生きてる価値のなさそうな迷惑な虫の何処がいいのか理解しがたい。あのキュウリの腐ったようなニオイが嫌で田舎から出てきたというのに。
ところが数日後、渋谷の街は理解し難い光景になっていた。その日は彼女とのデートだったのだが、交差点を歩く人々からはカメムシのニオイが漂っていた。カメムシの絵がペイントされたティーシャツを着ている人もいれば、スマホにカメムシのキャラクターのストラップをつけている者もいる。立ち寄る店にはカメムシのストラップやカメムシの絵がペイントされているティーシャツ、カメムシアロマなど、カメムシ関連のグッズが吐き気がしそうなほど陳列されている。全てはこないだのタレントの発言が発端だろう。渋谷を歩けば今の日本の流行がいち早くわかるらしいが、これはわかりやすすぎる。いつのまにか隣にいる彼女からもカメムシの香りが漂っている。さっき店で買ったようだ。
『聞け!渋谷の人間をはじめとする流されやすい日本国民よ!君たちは騙されている!あんなタレントの戯れ言などに流されず、正気に戻るんだ!』
僕は心の中でメガホンごしに叫んだ。カメムシが嫌で田舎から逃げてきたというのに、これでは私の居場所が無くなる。亡命せざるを得なくなる。
その後も食用カメムシなどが普及し、カメムシキャラクターやカメムシソングなども作られた。世も末だ。本気で僕は亡命を考えた。
ところがある日、カメムシのニオイの元となる黄色い液体が、目に入って凄く腫れたという人がニュースで取り上げられた。そのニュースは、日本全国のお茶の間にカメムシの恐ろしさを教えてくれたのだ。
それを境に、カメムシブームは去っていった。これでいい。こんな人気者の集うべき渋谷に、元々嫌われ者であるカメムシの居場所なんてなかったのだから。
しかし、ブームは去ってもカメムシそのものは存在し続ける。それは忘れてはならない。見つけたときは下手に触らない方がいい。さもないと…
カメムシ大流行 秋村ふみ @shimotsuki-shusuke
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます