先生(センコウ)へ愛を込めて
冷門 風之助
その1
『貴方が気乗りしないのは良く分かってるわ。でもどうしても引き受けて貰いたいのよ』
彼女は俺、つまり私立探偵、
三日ほど前、俺の親に
仕方ない。俺は半分憂鬱な気持ちを抱えてここまで出向いてきたのだ。
彼女の名前は
銀縁の眼鏡、淡いピンク色の口紅、落ち着いた茶色のスーツ。
歳はとっているものの、優しそうな、それでいて芯は強いと一目で分かる面差しは昔から殆ど変わっていない
俺の中学三年の時の、クラス担任兼英語の教科担任。某女子大の英文科を優秀な成績で卒業した才媛。
はっきり言おう。俺は彼女が指摘した通り、気乗りはしない。
その上、
学校も嫌いだ。
いや、苦手なんて生易しいものじゃない。
大嫌いなのだ。
理由は・・・・もう散々話したろ。
何だって?
(初めての人間もいるんだから、ちゃんと説明してくれ)
仕方ない。
話してやるよ。
俺の親父は陸上自衛官。任期制じゃない。バリバリの現役だった。
そのせいかどうか知らないが、小学校に入学して、高校を卒業するまで、学校じゃ碌な目に遭っていない。
それでも同級生はまだよかった。
立場が対等なら、つっかかってきても喧嘩はできる。口下手だが体力には自信があったし、一度だって負けたことはなかったからな。
問題は
加えて俺の時分(特に中学だ)は揃いも揃って、
『平和教育バンザイ』
ときた。
時には授業中、同級生の見てる前であからさまに親父の仕事を侮辱した。いや、それどころか俺個人にも思い出す度に不快になる言葉で罵ってきたのもいたくらいだ。
お陰で俺はすっかり学校と
だから、時折エスケープして、夕方まで遊び惚けていたりしたもんだ。
しかし、そうすればそうしたで、親子で呼び出しを食らう。
そんな時はどうしたもんか、お袋じゃなく、普段忙しい筈の親父が学校にやって来た。
親父は
だが、後で俺自身がその件で一度も叱られた記憶はない。
(断っておくが、親父は甘っちょろい人間じゃないぜ。怖い時には鬼のように怖かった)
二人して並んで帰る途中、親父は家までほんの少しというところにある中華料理屋に入り、必ずラーメンを食べさせてくれた。
俺がラーメンをすすり、自分は餃子を
そして途中で箸を止め、コップを置いて俺の目を
『耐えろよ。辛くても嫌でも学校には行け』いつも決まってそう言うだけだった。
前置きが長くなっちまったな。
そんなことはどうでもよかった。
それほどまでに
つまり、今目の前にいる、滝沢久美子先生その人だ。
小・中・高校のうちで、俺が呼び捨てでなく未だに『先生』と本気で呼べる数少ない女性だったのだ。
彼女は俺のことや、親父の職業については特に何も言わず、むしろ『国土や国民を守る仕事は立派よ。世界中どこでも軍人は尊敬されるものです。そんなお父さんを誇りに思いなさい』といってくれたぐらいだった。
彼女は今、俺の中学を定年退職し、都内にある私立の中学で非常勤の講師をしている。
『先生だからって、例外は無しです。既定のギャラは頂きます。』
『じゃ、引き受けてくれるの?』
彼女の目が光った。
先生の頼みじゃな。
断るに断れない。
『まずは依頼内容を伺いましょう。話はそれからです』
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