10話 流星の事情
佐助は未だ屋上に立っていた。
主な理由は事後処理である。
遥香は依織に任せ、由宇が待っている教室に返した。
『朧くんが残るなら、私も残るっ』
と、気合を入れていた遥香だったが、ここから先も楽しい話にはならない。
そうでなくてもこんな騒動が起こったからには間違いなく後日事情を聴取されるのだ。
姫には気を休められる時に休んでもらいたい。
依織にも説得に協力してもらい、なんとか遥香は帰すことに成功した。
また、依織には先生を呼んでもらうようにも頼んでいる。
佐助は依織と先生達がここにやってくるのを逢坂達を見張りながら待っているというわけだ。
「おっすー。お待たせ!」
しばし待てばあれだけ緊張していたのが嘘のように、気の抜けた挨拶が聞こえてくる。
姿を現したのは艶のある黒髪に、流星のような銀のメッシュをあしらった派手な頭、千浪依織だ。
「……千浪一人か?」
先生方と連れ立ってやってくると思っていたのだが、依織の後ろには誰もいない。
当てが外れた光景を見て、佐助の口からつい疑問がこぼれる。
「あー、そのことなんだけどね」
「後から来るのか?」
「んや、呼んでない」
依織の口振りからして、意図して呼んでいない様子だ。
先ほどは依織が本気で遥香を心配していた光景を見て警戒度を下げた佐助だったが、これにはきな臭さを覚えずにはいられない。
「……どういうつもりだ」
「それについては謝るよ。でも、一つだけ確認したいことがあるんだ」
「確認?」
「そう、確認」
依織はそう言うと逢坂達が転がっている近くまで寄っていく。
「触ったりして起きたりしないかな……?」
「何をするつもりだ?」
「持物検査」
依織の回答が解せずに佐助は眉をしかめる。
逢坂達が何かを持っていたとしても、依織が得をするような物だとは思えない。
一方で、実は佐助も気になっていることはある。
逢坂達との鬼ごっこの最中、彼らから気になる匂いが発せられていた。
忍者の嗅覚は香水に紛れた危険な匂いを捉えたのだ。
その正体を確認しておきたくはあった。
仮に逢坂達が他にも悪事を重ねているなら証拠は明確にしておいた方がいい。
「……分かった」
「私が言うのもなんだけど、いいの?」
「俺も、少し気になることがある」
このような事件が起こった上で大人を交えずに事を進めるのは通常問題がある。
しかし、それはそれで佐助も確認したいことが確認できずに終わる可能性もある。
依織がいるこの場でどこまでやれるかは分からないが、目的が達成できるならそれに越したことはない。
佐助は倫理感と探究心の二つを天秤にかけ、探究心を選ぶことにした。
あまり褒められたことではないが、裏稼業を生業とする佐助にとっては今更なことではある。
ある程度、清濁が出るのは割り切るしかない。
「俺がやろう。とりあえず、見つけた物は全て出す。それでいいな?」
「うん、ありがと。助かるよ」
依織が物色しても逢坂達は簡単には起きないだろうが、万が一はある。
ここは佐助が行うのが適任だ。
「念のため鍵をかけた方がいい」
「あ、そうだね」
この時間まで佐助達以外に訪問者は来ていないが、万が一にも誰かに見られれば強盗の類と間違われても文句は言えない。
佐助は逢坂達が使っていたチェーンをそのまま使って施錠した。
「では始めるか」
手始めに逢坂から。
佐助は両の手のひらを大きく広げ、大胆に触っていく。
何ヶ所か手に触るものがあり、見つけ次第それを取り出して置いていった。
その他、ポケットの中も検分する。
「どうだ。目的の物はあるか?」
「うーん、ないね」
まずは上から下まで検査した結果。
見つけたのはスマートフォンとそのイヤホン。
他にはハンカチ、キーケース、財布等のありふれた物。
「朧っちは? 気になることあるんでしょ」
「俺の方も成果はないな」
今出した物は服のポケットに入っていた物だけだ。
財布の中を見ても特に目ぼしいものは見つからない。
とはいえ、本当に隠そうと思うなら例えばベルトや靴の中、あるいは服の裏側や下着も隠し場所の候補にはなる。
本気で探るのであれば探す側のこちらもそこも確認する必要はあるだろう。
簡単に見つかるならばと思って手を出してみたものの、そう簡単にはいかないらしい。
「これ以上は身ぐるみを剥がねばならないが、どうする」
「身ぐるみて」
身ぐるみ――つまり、着ている服全てをひん剥いてもっと精査しなければいけないというだ。
おそらく、佐助の確認したいことはそこまでやらねば十分な結果を得られない。
それでも空振りに終わる可能性もある。
佐助がそこまで労力をかけたいかと問われれば、改めて検討したくなる内容だ。
目の前には曲がりなりにも女子がいる。
悪人とはいえ、男の肌を好んでみたいというわけではないだろう。
佐助にもこのくらいのデリカシーはある。
ここで終わるだろう。
佐助はそう思っていた。
「もし、朧っちさえ良ければお願いしてもいいかな。大変そうだし私も手伝うよ」
「……何を探している?」
検査の継続を求められたのは想定の埒外だった。
そこまでして依織があるか分からない逢坂の秘密を探す動機も分からない。
「うーん、なんというか……その、カタギの人には言いにくいというか」
佐助の問いに依織は顔を固くして言い淀む。
そも佐助は依織の言うカタギではないのだが、それは説明できないので置いておく。
とはいえ、その類の物には佐助にも心あたりがひとつある。
それが佐助の探していた物でもあるからだ。
「薬物、か。それも危険な方の」
「うげっ。なんで分かったの?」
「まさか図星とはな」
本当に当たるとは思っていなかったが、どうやら正解を引いたらしい。
それは依織も逆の意味で同様のようで頬をひくつかせている。
「逢坂達との交戦中に、香水ではない別の匂いが奴らからした。それに各務や俺との会話の内容、そしてその時の表情。それが素面にも思えなかった。故に俺が探していたのも同じだ」
「うへぇ……そんな探偵みたいなこともできちゃうのかよ」
残念ながら不正解。
忍者である。
依織は驚きと呆れを同居させたような顔をしているが、今は佐助のことはどうでもいい。
「そんな物を探してどうする。場合によっては擁護しないぞ」
「違う違う。もし自分で使うなら、朧っちになんて頼まないでしょ?」
まさかと思いつつも睨んでみれば、依織は慌てて両手を振る。
そして自分の弁明を終えると立場を逆にして佐助を鋭い目で睨みつける。
「そういう朧っちはどうなのさ?」
「俺は余罪があるなら証拠があった方がいいだろうと思っただけだ。積極的に探すつもりはなかったがな。どちらにしても、そう遠くない内に逢坂達の悪事は暴かれるだろう」
なにせ遥香に手を出したのだ。
そのことはしかと報告するし、それを聞いた依頼主は確実に制裁に動くだろう。
その時に余罪があるなら出てくるはずだ。
極論を言えば、誰が証拠を押さえるのかが変わるくらいの違いでしかない。
「本当に自分で探そうと思ってなかったの?」
「そのつもりなら千浪がいない時に勝手にやっている」
「なるほど。そりゃそうだ」
佐助一人であれば依織がいない時間でほとんどの調査は終わったはずだ。
佐助の回答を聞いて依織の視線がようやく柔らかくなる。
しかし、佐助の話は終わっていない。
「千浪は何故こいつらが薬をやっていると疑った」
「あー、それは……」
佐助に指摘され、依織は言い淀んだ。
佐助は逢坂達に近づく機会があったから気付いただけで、依織はずっと陰に隠れていた。
事前に知っていた以外に考えられない。
まだ依織から説明されていない何かがあるはずなのだ。
「言わないと、ダメ?」
「それなら俺がこれ以上協力できることはない。千浪が先生方を呼んでこないなら、警察に直接通報して終わりにする」
「うぐぐ……」
依織は苦い顔をしてしばらく考え事をしていたが、やがて肩の力を抜いて頭を垂れた。
「……はぁ。分かった、言うよ」
溜息に混ざって吐かれた言葉は諦観が混じっている。
佐助は何も言わずに伊織の次の言葉を待った。
よほど話しにくいことなのだろう、依織は深呼吸を二回してからようやく口を開く。
「これ、一応秘密にしてることだから、あんま他の人には言わないでほしい。朧っちはあんま友達いなさそ――げふんげふん。口は堅そうだけど」
「おい」
「あはは、失礼失礼」
依織は途中で咳払いを挟み、言いかけていた言葉を直す。
佐助に友人がいないのは事実なのだが、待たせておいてその言い草はないだろう。
依織は誤魔化すような笑いを浮かべて謝罪をするも、すぐに表情を固いものに戻して再び口を開いた。
「実は私の家って、すごくざっくり言うとヤクザなんだよね」
そのことは知っている。
佐助の持っている要警戒リスト。
そこに依織が入っている理由はこれだ。
指定暴力団の組長の愛娘。
それが千浪依織だった。
「あー、これ知られたからって別にとって食ったりはしないから、そこは安心して。パパも最近はカタギになろうかなーなんてボヤいてるし、私もそういうの嫌い」
組長がパパと呼ばれていたり、ボヤいているのはどうにも想像がつかないが、依織が言うなら本当なのだろう。
そして、依織が荒事を嫌っているということも。
そうでなければ逢坂達の暴挙を見ても平然としていられるはずもない。
「それはともかくとして、最近家の奴らからちょっとバカにされることがあってね。お嬢はビビリだよな〜って。で、私もその時イラっとしちゃって、ちょっとムキになっちゃったのよ」
細かい事情の説明はない。
ただ、依織がある程度家の人間と親しくしているだろうことは想像できる。
「そんな時に、うちのシマで危ないお薬を勝手に売ってるけしからん奴がいる、だなんて話を聞いたのよ。ああ、勝手じゃなくてもダメなのは分かってるし、うちの連中はそんなのに手を出したら殺されるからやってないと思うけど」
依織は小声で「少なくとも私の知ってる範囲では」と付け足して、話を続ける。
「ともかく、その客には学生もいるらしいって噂も聞いたわけ。それでうちのに調べさせてみたら、なんと逢坂っぽいわけよ。で、その時の私は家の奴らを見返してやろうと思って、逢坂達から売人のこと分からないかなーなんて思ってね。私なりに色々調べてみたり、今も持物検査をしたかったってわけ」
事前に依織が様々な情報を仕入れていたのはこういう背景があったというわけだ。
遥香が呼び出されたことを知ったのもこの一環だろう。
「そんなこんなで今に至る。最初はこんなことになると思ってなかったから、私一人でもなんとかなるだろうなんて思ってたんだけど。昼休みに朧っちと話してる時に、朧っちなら万が一があっても助けてくれそうだなぁと。いやあ、マジで朧っち呼んでよかった」
佐助を呼んだという一点においてその判断は正解とは言えないが間違ってもいないだろう。
最終的に人に頼ることになってはいるが、そこも含めて見上げた行動力だ。
それ以前にここまで危険なことに首を突っ込んだのは褒められたことではないのだが。
「話はこれでおしまい」
「……ひとまず理解はした」
理解はしたのだが。
「それだけが理由なら、もう手を引いておいた方がいいと思うが。これ以上は高校生の手に負える範疇ではない」
「それは朧っちに言われたくないんですけどー」
「……それもそうか」
佐助は言ってから、自分も表向きは高校生であることに改めて気付かされる。
確かに自分が裏の顔を持っていなければ、下手な追求はしなかっただろう。
そこは依織も同じなのかもしれない。
それに、ここまでの経緯もある。
「乗りかかった舟、か」
「ん?」
佐助の独り言のような呟きに依織が首を傾げて聞き直す。
今度は聞き逃されないよう、佐助はしかと依織の耳に届くように言った。
「仕方ない。手伝おう」
「えっ、マジで?」
期待していなかったのか、依織はただでさえ大きな目を皿のように丸くして佐助を見る。
「思う所がないわけではない。逢坂達の荷物を調べるだけだ。それ以上は俺も深入りしないし、千浪もこれ以上は踏み込まないと約束しろ」
「全然! それだけでも嬉しい! ありがとー朧っち! 約束する!」
よほど嬉しかったのか、依織は太陽のような笑顔で佐助に抱きついてくる。
その現金な様子に佐助は溜息を漏らした。
「分かったから離れろ。そうと決まれば手早く済ませよう」
「了解であります! 私も頑張っちゃうよ!」
佐助の言葉に依織は敬礼と共に答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます