第4話 麗子
優子の実家の近くに、小さな山がある。
子供でも十分程度で登れる小さな山で、山の斜面は墓地として利用され、側に池があり、公園があった。
池にはかつては魚が泳いでたりしたらしいが土や砂、泥水まみれで沼の様になってからはその姿は見れなくなっていた。
小学生の優子は学校帰りによく双子の妹とその公園で遊んでいた。
ブランコと砂場しか無い小さな公園だったけれど、双子の妹――麗子はいつも楽しそうだった。
あの日――あの雨の日も、優子は学校帰りに公園に行こうと麗子を誘った。
傘を差しても全身ずぶ濡れになってしまうほどの強い雨が降っていた。
麗子は空を見上げて大きな雨粒が顔にかかり眉をひそめ首を傾げたが、優子は行こうと手を引っ張った。
優子がそう言うのならと、麗子は引っ張られながらもついていく事にした。
強く引っ張られる手が痛かった。
雨の中を走る優子に引っ張られながらついていく麗子は、途中何度も転けそうになったが何とか持ちこたえた。
公園に誘った優子の目がいつもと違うのが、小学生ながら麗子にはわかった。
何か大事な事を覚悟した様な強い目だった。
忘れ物をしたり、何かを壊したり、何かを無くしたり、そんなことをやってしまって誰かに素直に告白して、そして怒られるのを覚悟するような目に似ている。
でも、似ている様で少し違う。
強くて、そして怖い目。
今、転んでしまったら優子はそんな目で麗子を見つめるだろう。
それが怖くて、そして、寂しくてたまらなかった。
優子は最近麗子をそんな目で見つめることが多くなってきた。
麗子はずっと考えていた。
わたしはゆうちゃんに何か悪い事をしてしまったのだろうか?
思いつくことはある。
麗子はトロい。
双子なのに、比べ物にならないぐらいトロい。
見た目なんて僅かな差しかないほどそっくりなのに、何でこんなにもわたしはトロいのだろうか、と麗子はいつも自己嫌悪に陥っていた。
自分がトロいだけならまだしも、それが双子の優子にまで迷惑をかけているからだ。
きっとゆうちゃんはそんなわたしを嫌いになったんだ。
雨の強さは増して、手に持つ傘が凄い早さで打たれて重たくなった。
公園に着いてみると、他に人影は無かった。
公園には大きな時計が立っていて、雨に視界を邪魔されながら見上げてみるとまだ四時を回ったばかりだった。
いつもなら公園には子供や老人がいて賑やかな声が聞こえている。
名前は知らないが、公園でよく会うので顔見知りになった老人がベンチに座っている。
今は雨音が大きくなるばかりで、ベンチにも老人の姿は無かった。
雨音だけが聞こえる人のいない公園は何だか怖くて、麗子はやっぱり帰ろうと思い優子を引っ張り返したが、それに反応して優子はよく強く麗子を引っ張った。
痛い、と麗子が声に出そうとしたらそれに勘づいたのか優子が振り返り睨んできた。
強くて、そして怖い目に麗子は息を止められた様な錯覚を覚えた。
力の入らない身体は優子に強く引っ張られる。
公園に着いたのにまだ引っ張るのか、と麗子は疑問に思ったが先程の優子の目を思い出すと言葉には出せなかった。
走らずゆっくりと歩いて進む優子に、転けそうになる心配をせずに済むことを安堵しながら麗子はついていく。
幼なじみの貴史――たっくんはれいちゃんの事が好きなんだ。
優子に強い目をさせていたのは、そんな想いだった。
トロいなんて言われながらもそれを含めて可愛いと言われる麗子が羨ましかった。
僅かな差しかないほどそっくりな双子の麗子が可愛いと周りに言われる度に、優子はもやもやとしたものを胸に抱いていた。
そっくりな双子なだけに、その僅かな差が差異として区別された。
その僅かな差で別人だった。
本来なら喜んだっていい事だった。
優子は優子、麗子は麗子。
双子だからと一緒くたにされず、個人として見られているのだから。
だけど、たっくんへの恋心だけは別だった。
たっくんがれいちゃんだけを見ている。
僅かな差しかないのに、れいちゃんだけを見ている。
いつしか優子にはそんな気持ちを抱いてしまった。
このもやもやとしたものが何かなのかは国語の教科書に載っていた。
嫉妬だ。
憧れに似た、嫉妬。
たっくんには私を見て欲しい。
たっくんには私だけを見て欲しい!
たっくんにはれいちゃんなんか見て欲しくない!!
強い嫉妬が優子の身体を蝕んでいった。
雨雲で真っ暗になった空が、輝いた。
麗子は身体を強張らせた。
雷の轟音が鳴り響いた。
空気の震動が身体に触れる。
近くに落ちたのだろうか。
立ち止まって周りを確認したかったが、前をいく優子は気にも止めず歩を進める。
仕方なくついていくしかない。
雨音に加え、雷の音も強く激しく響く中、二人は公園を通り抜け池の近くにやってきた。
数日前に近くの高校生のイタズラで柵が壊されていた。
押せば落ちる、麗子は柵の壊された部分を見てそう思った。
唾を飲み込む音が耳にこびりついた。
「ねぇ、たっくんのこと、好き?」
優子の不意の言葉に麗子は戸惑った。
好きと言われれば好きだ、幼なじみとして大事に思っている。
お互い家族ぐるみで仲が良く、本当に家族みたいな関係だった。
けど、優子が訊いているのはそういう感情ではないのだろう。
「ねぇ、たっくんのこと、好き?」
答えない麗子に苛立ったのか優子は質問を繰り返した。
麗子は悩んで、首を傾げた。
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