102.加速する脅威


 朝の刻が迫っているのか大分周囲が明るくなってきたわけだが、その代わりのように霧が漂ってきて俺たちの足元を覆い隠し始めた。


「……あれ……」


 目が疲れているせいか、仲間や十字架が雲の上に立っているようにも見える。その上、何故かバニルの姿まで見える始末……。


「ば、バニル……?」


 目を擦ってからもう一度見ると消えていた。


 ただの幻か……って、まさか、あいつはもうとっくにあの世へ逝ってしまってるんじゃ……? 気が付けばマイナス思考が頭の中に蔓延していて、俺は必死で振り払った。


 ダメだ、そんなことを考え続けたら確実にダメになってしまう。


 しかも今は大ボス――ファーストガーディアン――との戦闘中なんだ。やつはここぞとばかりにどんどん速度を上げてきている。こんなところで集中力を欠いてたら、それこそ本当にこの墓場が俺たちの死に場所になりかねない。


 大体、バニルが死ぬわけないじゃないか。あいつは強いんだ。


 それとも、あいつのことが心配なあまり俺はボスをみんなに放り投げてスピカを叩き起こすのか。バニルだけのことを考えて、ほかの仲間のことはどうでもいいのか。いや、そんなのできるわけないし、バニルだって望んでないはずだ。


 耐えてくれ、バニル。スピカが起きるまで、必ず生きていてくれ……。


 それまで、俺は今できることを精一杯やればいいんだ。誰もが目に見えて疲れている中、必死に戦っているわけだからな。俺もその仲間として力を思う存分発揮する必要がある。


 ……ただ、現状はまだ何も変わっちゃいない。


 大ボスの固有能力【反射】の基本スキル《反発》と派生スキル《反動》のせいで戦闘の長期化を余儀なくされていたのだ。しかも、こっちは囮役のミルウとルシアが明らかに弱ってきてる中、ボスは以前よりもスピードアップしているという悪循環。


 バニルやスピカがいれば、おそらくカウンターアタックのような高等な技術で《反発》を相殺しながら上手く戦ってくれそうだが、今戦えるのは俺たちしかいないんだから仕方ない。


「あふっ――」


『――フシュルルッ』


 まずい。ミルウが足を挫いたらしく、バランスを崩して横転したかと思うと、そこにすかさずボスが飛び込んでいった。


「うぅっ!」


 ルシアがミルウを庇って、その結果彼女の右肘付近がボスの長剣で抉られた。


「ルシアッ!」


 そのあと俺が《忠節》でひざまずかせたので追撃は免れたが、少し遅かった。やつには、受けるスキルの再使用までの時間を延長する《反動》があるから仕方ないが……。


「――ごめ、ん……」


 血まみれの右腕をだらりと下げながら後退するルシア。ただでさえ体力がなくなってるのに血の量が凄い。ミルウも右足を派手に捻ってたし、二人とももう戦えまい……。


「俺が囮役と攻撃役をやる!」


「ひっく……ルシア、セクトお兄ちゃん、ごめんねえ……」


 ルシアが離脱したことで責任を感じたのか、ミルウが泣き出した。


「えぐっ……ミルウ……よお……」


「だ、ダメだ、ミルウ。最後の最後まであきらめるな……!」


 ミルウの気持ちはわかるが、彼女の派生スキル《離脱》はそれこそだ。『ウェイカーズ』もボスも倒し、全員で無事にダンジョンから帰還する。俺の頭の中にはそれしかなかった。まだ何一つ成し遂げてないのにあきらめられるはずがない。


「――うぐぁっ!」


「セ、セクト……!」


「セクトお兄ちゃん!」


 やつの攻撃が肩口に当たってバランスを崩しかけたが、なんとか堪える。


「浅い。大丈夫だ! まだまだやれる!」


 ……と言いつつ、内心は違っていた。


 俺はあきらめるなって偉そうに言ったばかりなのに、防戦一方の中で楽になりたいと一瞬思ってしまった。さすがにこれ以上ボスの攻撃を避け続けるのは厳しいか。何もかもあきらめるわけじゃないが、もう耐えきれそうにないな……。


「――……ルシア、ミルウ。できるだけここから離れてくれ……」


「「……え?」」


「封印のペンダントを外すつもりだ」


「「そんなっ……」」


 かなりリスクの高い作戦だ。スピードやパワーが桁外れに上昇し、痛みに滅法強くなる一方、暴れたことの、またそれによる《反発》のダメージは計り知れないだろう。


「……だ、ダメ……死んじゃう……セクト……」


「セクトお兄ちゃんが死んじゃうよお……えーん……!」


「……死なない。俺はリーダーに言われたんだ。相棒になってくれって。なのに、こんなところで生きることを放棄できるわけないだろ。俺は崖から落ちても、狼峠に一人で行っても死ななかった。だから……今度も絶対帰還してみせる……」


 いずれにせよ、このままじゃ俺は。《成否率》なんか使わなくてもわかる。やつの攻撃速度は増すばかりで、自分が対応できなくなりつつあるのもわかるからだ。


 それなら、無抵抗で死ぬより攻勢に転じたほうがマシじゃないか。攻撃は最大の防御というしな。ボスを倒せば『ウェイカーズ』に対する復讐は持ち越しになるが、かといってできなくなるわけじゃないし、ここで死んでしまったらそれこそ本末転倒だ。


 俺はこれから封印のペンダントを外し、狂戦士となるつもりだ。


《成否率》で調べたらそれでも100%死ぬと出るかもしれないが、あえて調べない。たとえそうだとしても、俺はその壁を打ち破ってみせる自信があったからだ。それを使う時点で自信がないってことで、弱気が勝てる確率を下げてしまう可能性もある。


「――行くぞおおおおおおおおっ!」


 俺はペンダントを高々と放り投げた。


「……ぉお……」


 久々に味わうこの感覚。俺は今自由だ。誰よりも自由なんだ。大ボスのやることなすこと、亀の歩みのように全部見えた。さあ来い。今すぐ肉塊に変えてやる……。

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