100.針の筵
俺たちが《ワープ》で飛んだ先は、月明かりに輝く十字架の墓標だらけのだだっぴろい墓地であった。まるでここがお前たちの死に場所だと言わんばかりの傲慢さ、不気味さが蔓延している。
『フシュルルッ』
「ぐっ……!」
それを証明するかのように、俺たちはボスから一方的に攻め込まれ続けていた。
というのも、相手が特に俊敏だったりとか巧みな動きだったりとかいうわけじゃなくて、こっちが攻撃することによる《反発》の痛みが凄くて慎重にならざるを得なかったことが大きい。
こちらがより手応えのある一撃を加えようものなら、心臓を一瞬握られるかのような体全体に対する負担とともに撥ねつけられるような衝撃がして、手を剣に変えるスキル《ハンドブレイド》を使っていなければ武器を落としかねない状況だった。
攻略法としては、《反発》を相殺できるカウンターアタックが一番らしいが、それができる者がいない場合、ほどほどにダメージを与えて少しずつガーディアンの体力を削っていくのがセオリーのようだ。なるべく俊敏な者か、体力または防御力のある者が囮となって、ほかの者が後ろからサポート、あるいはボスを一斉に叩き、《反発》による痛みを分散することで負担を軽減していくというのが基本パターンらしい。
というわけで俊敏なルシアとミルウが囮となり、その間に俺が攻撃し、ボスから《反発》を受けるタイミングで痛みを抑えるべく《シール》を使うわけだが、それでも痛みが消えるわけじゃないしいちいち弾かれるような感じになるしで非常に厄介だった。
ボスが人型なためか、《忠節》《脱衣》《操作》が効くのが今のところ唯一の救いだ。《初期化》によってすぐ戻ってしまうが、それでもやつがひざまずいたり武器を落としたり向きを変えたりするタイミングを狙えば的確にダメージを与えられる。
ただ、《反動》によってスキルを再使用するまでの待機時間が長くなってるため、たまにしか使えないような状況だった。このままでは丸一日かけて倒せればいいほうで、長期化は避けられないだろう。《ドロップボックス》で宝箱でも落としたらかなり効くだろうが、それだとこっちが《反発》で命を落としかねないからな……。
「……」
そういえば、バニルがいつまで経っても来ないし、スピカは何をやってるんだと思って探したら、近くの墓の後ろでうつ伏せに倒れているのがわかった。
「ス、スピカ……!?」
「……スピ、カ……?」
「そっ、そんなあ!」
ルシアとミルウもようやく気付いた様子。スピカは最初ボスと戦ってて、俺が来たとき《招集》でバニルを呼びますと言って離れたんだが、それっきり見ていなかった。風邪が治りかけたところで無理をさせてしまったのが祟ったのか……。
「あれれっ、もう《分身》しないの? それ、私に何度やっても無駄だけどね……」
「……このクソアマが……見捨てられたくせに調子に乗りやがって……」
謁見の間にて、ルベックが睨む相手――『インフィニティブルー』の一人、バニル――はそれまで平然とした顔を浮かべていたが、急に笑い出した。
「なっ、何がおかしいんだよ、おい!」
「だって、あまりにも見当違いなことを言うから……」
「……何?」
「私はね、セクトたちのところに戻ろうと思えばいつでも戻れるの」
「……へっ。見え透いた嘘を……。じゃあなんでとっとと戻らねえんだ……?」
「へへっ。知りたい? あなたたちの仲間が来てから教えてあげるね……?」
「……上等だ。死ぬ前にたっぷりと聞かせてもらうぜ……。お、早速おでましだ……」
「……」
謁見の間に、飛行しながら入ってきた異形の翼を持つ男がいた。クールデビルこと、本物の悪魔と化したラキルである。
「――ルベック、その子は……?」
「なあラキル、聞いてくれ。こいつは――」
「――私はバニルと言います。よろしくっ」
「こ、こいつ、勝手に……」
「ははっ……。面白い子だねぇ。セクトの仲間みたいだけど、中々の度胸だ。僕はラキル。よろしくね」
「ラキル、こんなやつに挨拶なんかいらねえよ。どうせすぐ殺すんだしよ……」
「あー、ヤダヤダ。これだから粗暴な男は……」
「……はあ!? お前、俺を誰だと……」
「ルベックっていうんでしょ? ……あ、殺しちゃったら私がここにいる理由、聞けなくなっちゃうよ?」
「……くっ……」
ルベックの苛立った顔がほんの少し綻んだのは、ようやくオランドが自分たちに追い付いてきたためだった。
「……ぜぇ、ぜぇ……」
「おい、遅いぞオランド……」
「……お、遅れて申し訳――」
「――謝るくらいなら死ねよ!」
「ぼぎゃああぁっ!」
着いた途端、ルベックの愛剣――嵐渦剣――によって切り刻まれるオランド。さすがに察して【腐屍化】していたことが功を奏して、バラバラになっても死なずに済んだ。
「ひどっ……仲間なんでしょ?」
「……ふう。バニルとか言ったな。次はてめえの番だ。絶対に生きたまま解剖してやる……」
「きゃー、こわーい……」
「――お前らぁ……またゴミセクトの捕獲に失敗したのかあぁ……?」
一際遅れてやってきたのはグレスとカチュアであり、呆れ顔でグレスが玉座の上でふんぞり返ると、その膝にカチュアが陶然とした面持ちで乗ったのだった。
「……あ、グレス様、でもこのクソアマを捕虜にしたんで……」
「……誰なんですかこの子、セクトの仲間?」
「はい、バニルって言います。よろしくっ」
訝し気な表情のカチュアに向かって笑顔でひざまずくバニル。
「ふーん……。私はカチュアといいます。よろしくは言いませんよ。ってか、あなた捕虜なんでしょ? なんかさっきからへらへら笑ってますけど、怖くないんですか?」
「怖いですよー。でも、泣くほどじゃないかなって。空気読めなくてごめんなさーい。てへっ……」
「……」
「……ひひっ。面白い女だぁ。これを見ても平気でいられるかなあぁぁ……」
グレスが【聖蛇化】の基本スキル《変身》によって白い大蛇へと変化し、バニルに接近する。
「わっ。どうも。蛇さんもよろしく」
「……なるほどおぉ。ならこれはどうだああぁ……」
糸を引きながら大口を開けて舌を出すグレスだったが、目の前にいるバニルの表情はまったく変わらなかった。
「……ひひっ。大蛇が怖くないとはなああぁ……」
「はい。蛇さんとかは、全然……」
「……な、なんなのこの子……。頭おかしいですよ、グレス様を恐れないなんて……」
カチュアの目が驚きで見開かれる。
「……よーしっ。みんなの固有能力、狙い通り全部調べたから、この辺で失礼するねっ」
「お、おい、待て――」
「――まさか……」
バニルは立ち止まるも、『ウェイカーズ』に背を向けたまま振り返らなかった。
「固有能力を調べたくらいで私を殺そうなんて思わないよねえ。それが原因でセクトに負けるのが怖いなら仕方ないけど……」
「……こ、こいつ……」
「セクトを捕獲するとか言ってるくらいだから、きっと余裕だよね? じゃーねっ……」
バニルは恐れた様子を一切見せることなく、ゆっくりと謁見の間から立ち去っていった。
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