94.揺れ動く心
さあ、お次は蒼の古城第一層の中ボスだ。
周囲が一気に暗くなり、例の満月も現れて誰もが夜の刻だと判断できる頃、地面を彩る光り輝く五芒星の中心から、ぼんやりと周囲を照らすものが現れた。
一見すると人魂のようにも見える、人の手くらいの小さな青白い炎が宙に浮かんでいる。
「……たま、しい……」
「……あ、うん。まあそうだね」
元に戻ったルシアも俺と同じことを考えてたらしい。
「お化けみたい。でも、なんだか可愛いね」
「……そ、そうかな?」
どっちかっていうとかなり不気味だけどな。バニルの言う可愛いは範囲が広そうだ……。
「ふふっ。ふわふわですねぇ……」
「あはは……凄く熱そうだけどな」
スピカの天然ぶりが羨ましい。
「セクトお兄ちゃん、お化け怖いよぉ……」
「……ミルウ、口元笑ってるぞ?」
「あふぅ……」
俺の後ろに隠れたミルウは最高にあざとかったが、可愛いから許そう。さて、ぼーっとしてる場合じゃないな。まずは分析だ。
バニルによると、中ボスの名称はウォーターフレイムといって、やつには小ボスと同じ【リカバリー】だけでなく【召喚】という固有能力も所有しているとか。
その基本スキル《呼び出し》によって子分モンスター、取り巻きとも呼ばれるボーンフィッシュの群れを召喚し、それが全滅した場合少々間を置いて再度呼び出すそうだ。
また、《呼び戻し》という派生スキルがあり、自らの周りを取り巻きで固めることにより、領域に侵入、あるいは攻撃してくる敵に備えるという。その上、本体も硬くて弱点もやはりないということで、こっちが探し出すしかない状況だった。
一応マニュアルのある相手とはいえ、バニルたちを含めて中ボスと戦うのは初めての経験なので手探り状態だった。
それと、気になることもある。リトルエンペラーと戦っているときに姿を見た一人の冒険者だ。あれが何を意味していたのかはわからないが、妙な胸騒ぎがしていた。とはいえ、考えてもわかりそうにないし今はボス戦に集中しないとな……。
「オ……オエエッ……!」
パーティー『ウェイカーズ』が去ったあとの前庭にて、噴水やベンチを中心として円状に広がる枯れた花壇や低木、巨大な円柱のうち、右下の斜めに折れた柱の陰で嘔吐するアデロ。
「いやー、あの解剖ショー、実にえげつなかったですねぇ……」
「……同意……」
「とはいえ、ようやくやつらの意図が読めてきたな……」
「ど、どういうことで? カルバネさん……オエップ……」
「ひえっ。アデロさん、ゲロ臭いので近寄らないでください……!」
「……よ、寄るな……」
「お、おめーら、覚えてやが……ゲロロロオッ……」
「「ひっ……」」
「……情けないもんだな。これから本当の意味での残酷ショーが始まるというのに。今慣れておかないとこれから大変だぞ」
「「「ええっ!?」」」
「遅まきながらようやく『ウェイカーズ』の意図を理解できたってわけだ。やつらはあの斧を持った中年の男に様子を見に行かせたんだろう。おそらく、セクトたちがボスと戦っているかどうかの確認のためだ」
「へ? ボスが出てるっていうなら、そんな悠長なことしてたら……」
「アデロさんの言う通り、下手したら討伐されてダンジョンから逃げられちゃいますねえ……」
「……んだ……」
「いや、ボスは小中大と三種類いる。最後のボスはタフな上、厄介なギミックもあるからそう簡単には倒せんよ。セクトがいるとはいえ、すぐに決着がつくことはまずないと断定できる。おそらく、『ウェイカーズ』はボスにセクトたちの意識が傾いているうちに挟撃するつもりなんだろう。その上、ダンジョンの攻略も同時にできて一石二鳥ってわけだ」
「「「なる……」」」
一度はピエール、ザッハとともに納得顔だったアデロだが、少し間を置いてはっとした顔になる。
「ちょっと待ってくださいよカルバネさん、それじゃ――」
「――心配はいらん、アデロ。俺たちも参戦すると言った以上、指を咥えて傍観するつもりはない。『インフィニティブルー』も『ウェイカーズ』もボスも、弱らせてから俺たちが倒せばいい」
「……よ、よかった。おいら、もしやカルバネさんがあの解剖ショーを見て臆病風に吹かれちまったんじゃないかと心配で……」
「アデロさん、リーダーに向かって臆病風とはなんですか。言葉に気をつけてくださいよ」
「……無礼者……」
「う、うるせえ! ……すいやせんカルバネさん。おいら、あんなもの見せられて気が動転しちまったみてえで……オエッ……」
「「ひっ……」」
「……まあいい。俺もあれを見て気分が悪くなったことは確かだ。なあに、こっちにも秘策は色々用意してあるし大丈夫だ」
「さすがカルバネさんっす!」
「あなたがナンバーワンですっ」
「……尊敬……」
「ははっ。褒めても何も出ないとあれほど言っただろう。さ、行くか」
「「「はいっ!」」」
「……」
カルバネはそのとき、何か違和感があった様子で眉をひそめて一度振り返ったが、気のせいだと思ったのか首を傾げつつもまた前に進み始めた。
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