71.唐突なる異変


 枯れ木が、満月を一層引き立てている。


「――はっ……」


 古城の広い庭園を探索中のことだった。枯れ木の横を通ったところで、俺たちの前方に一匹の半漁兵士が突如出現した。


 防具は鎖帷子のみを纏い、鱗まみれの両手で三叉槍を抱くように構えて迫ってくる。いわゆるというやつで、誰かに倒されたモンスターが生まれ変わってどこかに出現するということなんだが、広大な面積を誇るこの第一層だとそれほど脅威にはならないらしい。


「来なさい! あたしが相手になってあげるわ!」


『ヌギョオオオッ! ……ォ?』


 半漁兵士がルシアの挑発に釣られたのか猛然と突進してきたわけだが、その途中でポロリと槍を落としてしまい、双眸とたらこ唇を丸くした。


「えへへぇ……」


 どう見てもミルウの《脱衣》によるものだ。


「もー、ミルウ! 折角あたしの《操作》で自決させようとしてたのに、余計なことしないでよね!」


「あふぅ……」


 なんだか余裕あるなあ。自決させようとしてたってことは、そのやり方でも討伐数にカウントされるっぽいな。


『ヌギョッ!?』


 半漁兵士はその代わりのようにルシアに足を操られたのか、俺たちの周りを意味もなく右往左往していた。


「二人とも、喧嘩しないの。それっ!」


 バニルが動き回ってる半漁兵士の懐に飛び込んだと思ったときには、もう倒してしまっていた。しかも一撃だ、強いな……。


 お、何かドロップした。


 妖眼石、若甦石、命脈石、陰陽石……それぞれ水色、赤茶色、黄土色、青みがかった灰色をした魔鉱石がぽろぽろと出てきて、スピカが基本スキルの《収集》で一瞬にして回収した。小さい上に量も少ないが市場じゃ滅多に出回らない貴重なものばかりだし、こりゃお金が貯まるわけだ。


「美味しくいただきましたぁ」


「……」


 そういや、唯一俺の出番がなかった。みんな凄いな。特にバニルなんてあまり腕力とかなさそうなのにたった一撃で仕留めちゃったからな。


「んもうっ、バニルったら少しは手加減しなさいよ。セクトの出番がなかったでしょ!」


「ごめん……。基本スキルの《調査》で弱点は知ってたし、急所は外したつもりだったけど、《補正》があるから……」


「《補正》?」


「あたしが説明してあげる。バニルの固有能力【鑑定眼】の派生スキルよ。まずい動きや失敗をすると、勝手に補ったり修正したりしてくれるの。この子は熟練度とかほとんど上げてないのにこれとか、卑怯すぎでしょ……」


「凄いな……」


「で、でもその分私は剣術とかずっとやってきてるから……」


「バニルのお姉さんも相当な腕前だったしねえ」


「うん……」


 なんとなく読めてきたな。バニルは小さい頃から姉に鍛えられていたんだろう。ベリテスが固有能力に頼りすぎてるとダメだ的なことを言ってたし、バニルもそれにかなり触発されてると感じた。


 このパーティー、俺が思っているより遥かに強いのかもしれない……。しかし本当に他人に遭遇しないな。枯れた花壇や木々が延々と続く荒廃した不気味な庭を前に進んでいくが、モンスターの気配さえない。即湧きに備える必要があるとはいえ、このまま気を張り詰めていたら精神が持たなくなりそうだから、気の持ちようが難しいと感じた。


「だ、誰もいないし、少しくらいなら脱いでも平気だよねぇ……?」


「くすくすっ……」


「もー。ミルウったら、ダメだよ……」


「……」


 ミルウはやっぱり変態だった。ってか、いくらなんでも余裕ありすぎだろう。


「だ、だってミルウお子様だし、仮に見つかっても誰も気にしないよねぇ……」


 いや、俺は気にするんだが……。そういや、いつもならルシアがいの一番に突っ込むのに何をしてるんだと思ったら……彼女の表情を見て、俺は別人がそこにいるのかとすら思った。無表情で虚ろな目をしていたからだ。


「ルシア……?」


「……」


 呼びかけてもまったく反応しない。どうしちゃったんだ……?


「あー、か……」


 バニルが妙なことを言いだした。


「元に戻った? バニル、どういうことなんだ?」


「いつかは言わなきゃいけないことだと思うから……言うね? ルシア」


「……」


 ルシアが力なくうなずくのがかろうじてわかった。


「もお、ルシアのバカあ。折角盛り上がってたのにい……」


「ミルウさん、体が熱いのならわたくしが手で扇ぎますよお」


「あふっ。むしろ冷ましちゃダメだもん……」


 ミルウやスピカの様子から察するに、そんな深刻なことでもないのかもしれないが、あれだけ元気だったルシアの今の姿に、俺は軽くショックを受けていた。一体、彼女に何があったというんだろう……。

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