63.縫えない歪み
「いひひっ……」
おでこに張り付いた灰色の髪から覗く歪な眼は、ただ一点を見据えていた。
「可愛いよ、カチュアぁ。ちゅううぅぅ……」
「嬉しいです。ちゅぅー……」
パーティー『ウェイカーズ』の宿舎では、夕食後にメンバーが全員広間に集まり、必ず報告会をする決まりになっていた。
「いっそもう……俺の唇とカチュアの唇を縫い付けてやりたいぃ……。ひひっ……」
「はい、グレス様。私も今すぐにでもそうしたいです。一生離さないでください……」
「「ちゅうぅ……」」
壁に掛けられた竜の燭台に照らされ、新リーダーのグレスとメンバーのカチュアの接吻はしばらく続いた。残りのメンバーの屈折した眼差しを受けながらも。
リーダーが報告会を終わると宣言しない限り、メンバーは広間から出ることはおろか、勝手に動くことも許されてはいないのだ。彼に異議を唱えることさえもできないので、黙って情事が終わるのをただじっと待つしかなかったのである。
「……ふうぅ。これから、俺とクソ雑魚のお前たちで蒼の古城の第二層に向かうわけだがぁ……その前に何か俺に報告はあるかぁ……?」
グレスの発言により一層静まり返ったようになる室内の中で、唯一無骨な手を上げた男がいた。
「オランドぉ……何があったぁ……?」
「ソ……『ソルジャーボーンズ』というパーティーから、グシアノさんを介して殺しの依頼が……」
「……ほおぉ。殺しの依頼かぁ。面白そうだがぁぁ……これからダンジョンに出発するし、キャンセルだなぁ……」
「そ、それが、殺しの標的は俺たちがよく知っているやつでして……」
「ほおぉ。まあ一応聞いておくとしよう……。標的は誰だぁ?」
「……『インフィニティブルー』というパーティー所属の……セッ、セセ……セクト……」
オランドの発言で、俄かに場内が色めき立つ。
「なんだと? おい、今確かにクソセクトの名前を出したよな、オランド」
「まさか……あのオモチャ? そんなのありえないよ。ねえオランド、ちゃんと確認したの? ただ名前が同じなだけじゃ……?」
ルベックとラキルが血相を変えてオランドに詰め寄る。
「……い、いや、ま、まったく同じ……だっ……」
すぐ目の前にいる二人を前にオランドは完全に怯んでいて、歯をガタガタと鳴らし続けていた。
「マジかよ……。クソセクトのやつ、不死身か? なんで崖から落ちたのに生きてんだよ……」
「あはは……打ちどころもよかったのかもしれないけど、それにしても、ねぇ。……いやぁ、驚いた。丈夫すぎるオモチャだ……」
「ひひっ……。面白いいぃ。まさか、ゴミセクトが生きてるなんてなあぁ。カチュアはどう思ううぅ……」
「……なんていうか、信じられない運の強さですねっ。セクトって人、びっくりするくらい格好いいところとかまったくなかったし、運に全部偏った人なのかも……」
しばらく広間は動揺という名の空気に包まれていたが、次第に引いてきて代わりに奴隷を自分好みに調教するような、無垢な悪意に満たされようとしていた。
「どんなやつがなんの理由で依頼してきたか知らねえけどよ……あんな面白いのを殺すとか、もったいねえよ。生きたオモチャとして、俺たちで飼育して楽しもうぜ!」
「いいねえ、ルベック。僕も賛成だよ」
「……勝手な真似をするな、ルベックぅ、ラキルぅ……」
「「は、はい……」」
「……とはいえぇ、俺もあいつの間抜け顔がそろそろ恋しくなってきたぁ……。裸にして、俺の靴置き台にでもしてやろうぅぅ。なぁ、カチュアぁ……」
「そうですね。なんなら、四肢を切断してあげた上でペットにして連れて歩くのはどうです?」
「……それはいいぃ。既に右手もないしなぁ……」
「「「アハハッ!」」」
「……」
笑い声が沸き起こるも、オランドの表情は硬いままだった。
「おい腐ったみかん、お前何陰気な面して黙り込んでんだよ。まさか嬉しくねえってのか? ああ!?」
「……う、うれじいっ、うれじいっ!」
ルベックに胸ぐらをつかまれたオランドが異様な怯え方をしたので、それまでの空気に拍車がかかって広間は笑いの坩堝と化した。
「――はぁ、笑ったあ……。オランド、まさか勝手なことはしてないよねぇ?」
「……そ、それは違う! 断じて!」
オランドの異様なテンションは、意図せずして周りを盛り上げる形になっていた。
「……面白くなってきたなあぁ。オランドぉ……そのパーティー『インフィニティブルー』のことも含めて、わかってることを全部話せぇ。細かい点も、余すことなくなあぁ……」
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