40.転ばぬ先の杖


 あれから俺たちの周りではがあった。


 カルバネたちが辞めていったことで、レギュラー組、補欠組の宿舎を別々にした制度はリーダーのベリテスによって解体されたんだ。


 以降、向こうのおんぼろ宿舎も取り壊され、俺はバニルたちと寝食を共にすることになった。といってもレギュラーとしてではなく、あくまでも補欠としてだが……。


 まだ基本スキルさえ習得できてないんだから当然ではある。カルバネたちはみんな覚えてるのに誰も上に呼ばれなかったわけで、補欠とレギュラーの力の差はかなりあるのだと考えるべきだろう。


 それでも、俺はレギュラーになるのを急ぐ必要があった。近いうちに湖のダンジョン――蒼の古城――の第一層と第二層の入り口が出現するらしく、俺を含めてバニルたちがそこへ向かう予定だというのだ。


 三カ月に一度、夜の刻の間だけ入口が出現するこのダンジョンは、中級者用の第一層と上級者用の第二層に分かれており、中に眠る財宝や攻略を目指して多くの冒険者が押しかけるという。


 難易度は一層がBランクで二層がAランクであり、一層でも中級パーティーが攻略に最低でも一週間はかかるといわれている。


 推奨パーティーランクはB級以上らしいから、Bランクパーティーのバニルたちなら初心者の俺を含めても行けそうだが、それはあくまでもリーダーのベリテスを含めたもので、いなければCランクへと降格し、さらに俺を含めたらD相当になってしまうそうだ。


 しかもベリテスは自分たちがさらに上のダンジョンに行けるようにと、パーティーランクをより効果的に上げるために第二層に一人で潜るそうで、一カ月は戻れないというから俺の背中にパーティーの命運がかかってしまっていた。


 ここまでするのには理由があって、ベリテスの不在中にカルバネたちがお礼参りに来る可能性も考えているという。そのため、一層に行けるくらい俺を強化したいとのことだ。


 それに関しては、あいつらはあくまで補欠で、レギュラーのバニルたちがいるから大丈夫じゃないかと俺はベリテスに言ったが、確かにそうだがやつらが仲間を増やしてくる可能性を考えれば油断できないのだそうだ。それには俺も納得した。あいつらならやりかねないからな。


 というわけで心身にさらに磨きをかけたいところなんだが、短期間で狂戦士に二回もなってしまったこともあって、体がボロボロになってまともな訓練ができない状態だった。肩に桶を担いで、長い時間をかけて湖に水を汲みに行くくらいだ。それでもかなり苦しかったが、何もしないよりは遥かにマシだからな。


「――おう、セクト。今日も朝から水汲みか」


「あ、はい」


 宿舎に帰ってきたところでベリテスと鉢合わせした。間近にいるわけでもないのにここまで酒の臭いがするし、今日も相当飲んできたっぽいな。


「だからかしこまるなって」


「はい! ……あ……」


「かかかっ。お前さん、おもしれーやつだなあ!」


「……」


 ベリテスに乱暴に頭を撫でられて、俺はなんとも照れ臭くて顔すら上げられなかった。かしこまってしまうのは、何もベリテス相手に限らない。相手が男、それも年上だといつもこうだ。父親に相手にされなかった影響だろうか。


「んじゃ、俺はそろそろ寝るからなあ。おやすみ!」


「お、おやすみ……」


 ベリテスが欠伸しながら宿舎に入っていく。いつも朝に帰ってきて夜に起きてるから完全に昼夜が逆転してしまってるし、あの部屋に窓がない理由がよくわかった気がした。


「セクト、おはよー!」


 あ、バニルも起きてたのか。珍しいな。


「どうしたんだ? バニル、こんな朝早くから起きてるなんて珍しいな」


「ベリテスに起こされたの。多分、私以外にも被害者がもうすぐ来るよ」


「え……」


「お、おはよー、セクト……」


「ほらねっ」


 本当だ。次に来たのはルシアで、目を擦りながらフラフラと歩いてきた。朝に弱いタイプだなこりゃ。


「セクトさん、おはようですうー」


 スピカが目を瞑ったまま歩いてきた。よくこれでここまで来られたな……。


「セクトお兄ちゃん、おはよう……」


 ミルウにいたっては、寝ぐせ丸出しで寝間着のズボンがずれ落ちてパンツが半分見える状態でやってきた。


「……おはよう……って、なんでみんな起こされたんだ?」


「やる気がUPするようにセクトを迎えにいけって。あと、今夜俺の部屋で重大発表をするから全員で来いって言ってたよ」


「重大発表……?」


 一体なんの話だろう?


「んー、もしかして、婚約発表とかじゃない?」


「えー、ルシア。それはないよ……」


「バニルはまだ片思い中なの?」


「もう振られちゃったし吹っ切れたよ。それに、今は……」


 じっと俺を見つめてくるバニル。おいおい……。


「ふふっ、セクト可愛い」


「か、からかうなって……」


 そう言いつつ、俺は思いっ切り顔を逸らしてしまった。彼女は小悪魔だな。思わせぶりだし……。


「ちょっと、バニル。何いい空気になってんのよ。セクトはあたしのなんだからね!」


「まあ。セクトさんはわたくしのですよ……?」


「あふっ、セクトお兄ちゃんはミルウのだもん!」


「……」


 いつもは恥ずかしくて逃げ出したくなるんだが、割と平気だった。メンタルが強化されたせいか、みんなに弄られるのも大分慣れてきたようだ。ってことは、こうした交流も心の修行の一環になってたんだな……って、もしかしてそれを意図してみんな俺にこういう接し方をしてた……?

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