35.飲まれるもの
……とても、不思議だった。
「……ぉ、おぉ……?」
俺は自分が狂戦士になって暴れているのに、心の中じゃいたって冷静だったからだ。己がなすことやること、全てが狂気の沙汰だというのに、まるで他人事のように俯瞰していたのだ。止めることが無駄だということが初めからわかっているかのように。
まだ正常だった自分が、まずいと思って短剣を寸前で投げ捨てていなければ、きっと今頃アデロたちは全員即死していたに違いない。そう確信できるほど自分の体が異様に軽く感じた。
「「「うわああぁぁっ!」」」
俺が素手で暴れ出したとき、みんなが一斉に逃げようとしたのがわかったので、すぐに桁外れのスピードでアデロの背後に迫り首根っこを掴み、頭を何度も壁に叩きつけてやった。
「……かはっ……?」
そしたら脳漿をばら撒いたので次にザッハを捕まえようとしたんだが、壁に変化されてしまった。
「ぐがああぁっ!」
それでも、威力抜群の頭突きを何度も食らわせることで亀裂を生じさせて元に戻したあと、血まみれになって逃げるやつの背中を突いてホカホカの心臓を掴み出してやる。
「もがっ……!?」
最後の仕上げとして心臓を顔面蒼白のピエールの口に押し込み、顔ごと一緒に踏み潰してやった。
「――……はぁ、はぁ……」
気が付くと、俺は荒い呼吸を繰り返しながら血まみれになった己の左手を眺めていた。足元には変わり果てたアデロたちの遺体が見える。
「……お、俺が……やったのか。そうか、やっちまったんだな……」
三人も殺してしまった。それも、パーティーメンバーを……。
思わず頭を抱える。もう、終わりだ。
自分の手で封印のペンダントを外したわけではないとはいえ、俺は狂戦士症を利用してこいつらをぶっ殺したんだから、最低でも追放処分は免れないだろう。
「……」
落ちたペンダントを拾い上げて首に下げると、俺はギルドへと向かった。ワドルたちの姿はもうない。きっと俺が臆病風に吹かれて逃げ出したと思い、どこかへ去ったんだろう。
ヤケクソで暴れてやろうかとも思ったが、止めた。ルシアから貰った1000ゴーストもあるし、これで朝まで酒を飲み明かすとしようか。そのあと、自分からバニルたちに全てを告白して処分を受けようと思う。
「――おいおい、もうやめとけよ……」
俺が飲むのを止めてきたのは、意外にもワドルだった。
俺が入ってきたとき、祝勝会の最中だったみたいでみんな緊張していた様子だったが、酒を奢りつつ例の件について話すと納得してくれたようだった。多分、みんないい具合に酔ってるのもあって警戒を解いてくれたんだろう。
「……あんたのせいじゃなくない? 気持ちはわかるけど、それ以上飲むのは体に毒だよ」
「僕もそう思います」
「うむ」
ワドルの仲間たちまで同情してくれてる。以前いたネリスという妖艶な女性のほかに、赤いマントに厚みのある鎧を着た銀髪の男クロードと、ランディと名乗った黒いローブ姿の黄金の髭にまみれた男だ。
補欠とはいえ、俺は彼らと争っていたパーティーの一人だ。なのにこれだけ優しくしてくれるということは、それだけ俺が異常に飲んでるからというのもあるんだろう。
パーティーの内情といっても過言ではない自分のことを、そうした因縁のあるパーティーに話すのは酔っててもどうかとは思うが、どうせ俺はもう追放される身だからな。
バニルたちのことだから庇ってくれそうだが、俺からも追い出してくれと頼むつもりだ。俺がパーティーから外れれば、話したことも後々には影響しないはずだし……って、もう何もかもどうでもいいか。
「酒だあぁ! もっと酒を持ってこいぃっ!」
「おい、そこのガキ、いい加減うるせえよ!」
「「「そうだそうだ!」」」
「……」
俺は力の限り叫び、ほかのテーブルにいる客から同情以上に顰蹙も買っているようだった。でもやめられない。これで俺はまた独りぼっちだからだ。
「……そんなにうるさいなら俺を殺せよ! ほら早く殺せ……!」
「「「「……」」」」
俺は青い顔で黙り込んだやつらの青い顔をつまみに、酒を飲みながら昔のことを思い出していた。
十二歳の頃、イラルサで行われる誕生祭で占い師に前世を占ってもらったことがあるんだけど、俺はとことん不幸な男だったらしい。人に裏切られ続けて人間不信になり、人を疑ってばかりで生涯誰からも愛されず、晩年は気が狂って自殺したとか。
当時は俺も鼻で笑ってたし、みんなからバカにされてた占い師だったけど……今考えると結構当たってたんじゃないかと思う。運命は繰り返すっていうしな。不幸なやつは生まれ変わっても不幸になるって聞いたことがある。
「ひっく……酒ら……酒しか、いらない……。酒を……酒を持ってこい……!」
俺は眠りそうにながらも飲んでいた。俺が酒を飲んでいると思ったが、違った。酒が俺を飲んでいるんだ。
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