32.陽だまりの中で
「……」
まだ薄暗さや肌寒さが残る朝の刻、俺は一人でバニルたちの宿舎をあとにした。
これから俺がやるべきことは既に決まっている。
なんにも知らない振りをして、どこかで見張っているであろうカルバネ一味の思惑通りに動いてるように見せかけるんだ。
やつらに言われた通り湖畔の町アルテリスへは行くが、約束の時間になっても例の場所に現れずに傍観して、俺を騙したカルバネたちの顔に泥を塗ってやるつもりだ。
もちろんそれで補欠組での自分の居場所はなくなるわけだが、俺を信用してくれたバニルたちの気持ちを裏切るわけにはいかない。カルバネたちだって虚偽の報告をしたわけだから、厳しい処分は免れないだろう。
「さて、と……」
夜の刻まではまだ時間もあるので、宿舎から少し離れた場所で【変換】の基本スキル《スキルチェンジ》習得のためのトレーニングにしばらく時間を費やすつもりだ。
早速、俺は体操、腕立て伏せ、腹筋と背筋の運動、ダッシュ、瞑想等を繰り返し、心身を研ぎ澄ませていく。ここは湖に隣接する森の中で、閑静なだけじゃなくて明るさもほどよくあってことのほか集中できた。
休憩中、石板で現在の状態を確認すると、ちゃんとそれぞれの数値も僅かだが上がってるのが確認できる。
心身の総合能力を示すランクは最近FからEになったばかりだが、これを毎日欠かさず繰り返していけば、いずれは基本スキルが使用できるようになるCランクまで到達するはずだ。
「――ふう……」
一日の訓練も終わり、湖の透き通った水を左手で掬っていただく。とても冷たくて、胃だけじゃなくて体全体、さらには心にまで沁み渡るようだった。
それにしても、水面に映った自分の顔がとても精悍で驚く。短い間とはいえ、必死に訓練した影響かまたさらに痩せたんだな。最初に鏡を見たときなんて、あまりにも病的でやつれてるとしか思えなかったが。
下手したら、昔の自分とはまるで別人のようにも見える。こうして改めて自分の変わり果てた姿を見て、俺はムクムクと心の中で何かが起き上がってくるような気がした。
「……うっ……?」
『ウェイカーズ』の面々が次々と脳裏に浮かび、胸元がちくちくと痛み始める。いつの間にか体を包み込んでいた陽だまりの中で、俺はしゃがみ込んで胸元に下がった五芒星を握りしめていた。
「……ルベック、グレス、オランド、ラキル、カチュア……」
俺をこの世から追放しようとした連中の名前を声に出すと力が湧き上がってくる。あいつらは今頃どうしてるんだろう。俺はあいつらのことが憎いが、心底殺したいかどうかまではわからなかった。この封印のペンダントのおかげだろうか。
もしあいつらをこの目で見たら、俺はどんな感情を抱くんだろう。左手が震えてるのは、痛いからじゃない。怖いからでもない。失った右手の無念を晴らそうと武者震いしているんだ。左目からも熱いものがこみあげてきた。
……そうだったんだな。左手と左目がちゃんと自分の本当の気持ちを代弁してくれている。本当に申し訳なかった。お前らの気持ちに気付いてやれなくて……。
きっと俺は、このペンダントを外してでもやつらを殺そうとするだろう。それに、なんとなくだが避けては通れない気もする。いつかは決着をつけなきゃいけない連中だと確信してるんだ。
やつらを皆殺しにすることで狂戦士としての力を失ったとしても、優しさの中で復讐の気持ちが薄らいでいたとしても、たとえ結末が虚しいものでしかなかったとしても……俺は必ずやらなきゃいけない。
自分のために……崖から突き落とされ、心を失いかけるほど傷ついた自分に優しくしてくれたみんなのために……俺は絶対に仇討ちを成し遂げなきゃならない。ただ一人も生かしてはおかない。
左手と左目……同胞を失ったお前たちの前で、やつらをこの上なく苦しめて殺してやる。自分に優しくできないなら、他人にだって優しくできそうにないからな。つくづく、俺はお人よしだと思う。死ぬまで治りそうにもない……。
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