17.煙越しの景色
「お……おいおいセクト、なんなんだよその固有能力は!? 卑怯ってレベルじゃねえぞ!」
「いやはや、驚きました。考えられないレベルですねえ」
「……ち、畜生……」
アデロ、ピエール、ザッハの三人が呆然としている。
「……」
俺が自己紹介したことですっかり空気が変わってしまったかのようだ。みんなの視線に棘を感じるし、歓迎されてるとは言い難い。嘘を言ったほうがよかったんだろうか?
「中々面白いな」
「あっ……」
カルバネがこっちを向いた。寝てたと思ってたが起きていたのか。それにしても、思わず目を背けたくなるほどの眼光の鋭さだ。
「セクト、お前ちょっと俺の部屋に来い」
「う、うん」
彼が気怠そうに立ち上がって歩き出したのでそのあとを追う。
ここは歩くたびに軋みを上げるので正直床が抜けないかどうかヒヤヒヤするし、何を言われるか不安で足が重かった。調子に乗ってるからとボコられる可能性もあると思ったんだ。あの抉るような鋭利な目つきを見てると、どうしてもネガティブな光景が浮かんでしまう。
「うっ……? けほっ、けほっ……」
二人寝るのがやっとな細長い部屋で、俺は窓際の椅子に座ってパイプ煙草を吸うカルバネに見上げられる形で立っていた。とにかく煙たいし目に沁みる。
「……ははっ、悪いな。酔い醒ましだ。まあ少しだけ我慢しろ」
「りょ、了解……」
「よく聞け。俺が自分の部屋に誰かを入れるときというのは、そいつを忌々しく感じたときか、気に入ったときくらいだ……」
「……は、はい……」
もうダメだ。きっとボコられる――
「――単刀直入に言う。俺の子分になれ、セクト」
「えっ……?」
「お前はまたいつか上に登れるなんて思ってるかもしれないが、今のままでは無駄だよ。レギュラーは五人までだから埋まっている。俺たちはあくまで補欠だ。いくら頑張っても、な……」
煙の向こうでカルバネは薄く笑っていた。それでいて射貫くような眼光は変わらないから、なんとも得体の知れない怖さを感じた。
「しかも、だ。勝手にダンジョンに行くことさえ許されてはいない。ガキの使いのようなギルドの依頼を淡々とこなすだけの損な役回りだ。なんでそんなところに俺たちがいつまでも残ってると思う?」
「わ、わからない、かな……」
ついつい弱気になってしまう自分が憎い。俺は嫌われ者になる覚悟を持って生きるんじゃなかったのか。これじゃただの臆病な男だ……。
「それはな、いつかお前みたいな有能なのが入ってきたら、そいつを丸め込んであいつらにやり返してやろうって思っていたからだ」
「……や、やり返す?」
「そうともさ。安い給料を握らされてこんなボロ宿舎に閉じ込められ、文句を言えば真面目にやれと説教までされたが、今じゃリーダーの姿すら見えん。要するに、やつらは利用価値がなくなった俺たちが勝手に消えるのを待っているんだ。だが、このまま惨めに終わるつもりはない。そうなる前にやつらに一矢報いてやるつもりだ……」
「……」
なんとなく見えてきた。あの眼光の鋭さの源泉になっていたものはこれか。
気持ちはわからんでもないが、自分たちの努力不足を他人のせいにして逆恨みしているようにしか受け取れない。嫌ならさっさと抜ければいいわけだが、多分それができなかった事情があるんだろうな。俺もならず者パーティーの『ウェイカーズ』にずっといたわけだし、あまり大きなことは言えない……。
「ま、すぐに結論を出せとは言わん。いずれはやつらを襲って、みんなで女どもをまわして、最後は酒のつまみに皆殺しにして盛大に鬱憤晴らしといこうじゃないか」
立ち上がったカルバネから肩をポンポンと軽く叩かれる。久々だな、この感覚……。悪党は所詮悪党。きっと俺は子分というより都合のいい駒なんだろう。そのまま俺を残して部屋から出て行くのかと思ったら、あいつは扉の前で立ち止まった。
「……ここでよく考えておくことだ。お前はやつらに恩義があるのかもしれんが、やつらにしてみたらお前などただの使い捨ての道具にすぎない。とはいえ、人間などみなそんなものだ。それなら、初めから欲望を剥き出しにする俺たちを信じるほうが賢明じゃないか? お前の失った目と手がいい証拠だろう……」
振り向かずに語ったカルバネが立ち去ってから、また胸元がズキズキと痛み出した……。
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