4.壊れゆくもの


「この際だからはっきり言っておくよセクト。僕は君の友人でもなんでもない」


「ラキル……?」


 恐る恐る見上げると、ラキルは片方の口角を吊り上げてとても悪そうな笑みを浮かべていた。俺を軽蔑するかのように目を細めて。こんな顔、今まで見たことがなかった……。


「そろそろネタバラシといくよ、セクト。君はね、みんなのオモチャなんだ」


「……オモチャ?」


「そう。周りを笑わせて、明るくさせるためだけの使い捨てのオモチャさ」


「……なんで、なんで……」


 信じられなかった。悪夢を見ているんだと思った。ラキルと過ごした何年もの年月が脳裏に浮かぶ。一緒に泣いたり笑ったりした日々が丸ごと嘘だったっていうのか。嫌だ、こんなのありえない……。


「なんでだって? それは君自身が一番よく知ってるはずだよ。間抜けでひ弱で気も弱くて引っ込み思案で……ゴミそのものじゃないか。生きてる価値があるとしたら、僕たちのオモチャになることくらいだろう。産まれたその瞬間から、さ」


「……ぁ」


 頭に何か置かれたと思ったら、ラキルの靴だった。俺は親友だと思っていた相手に頭を踏まれていた。


「なん、で……」


「ははっ。同じことしか言えないのかい? このタイミングをみんなずっと待ってたんだよ。初めから仕組まれていたことさ」


「……え?」


 周りを見渡すと、みんなニヤニヤした薄気味悪い笑顔を俺に向けていて、その中には俺が片思いしているカチュアもいた。


「カ……カチュアまで。嘘だろ……」


「嘘なもんか。カチュア、おいで」


「はーいっ」


「「――ちゅー……」」


「……あ、あ……」


 俺の目の前で、カチュアはラキルとうっとりした表情でキスしていた。


「……嘘、だ――」


「――だから嘘じゃねえって言ってんだろゴミムシ!」


「ぎいっ!」


 ラキルに顔全体を強く踏みつけられる。痛い。何もかもが痛い……。


「これでもうわかっただろう。全て僕が仕組んだことさ。今まで楽しかったよ。オモチャのセクト」


「なんなんだよ……俺が……俺が何をしたっていうんだよ……なんでここまでされなきゃいけないんだ……ひっく……」


「……ん? 僕たちを恨むよりさあ、悪意に気付けなかった自分の間抜けさを恨んだらどうだい? 世の中、僕らみたいなのはわんさかいるんだよ。お人よし君」


「……」


「嘘だ……は言わないのかい? 救いようがないバカでも少しは賢くなったのかな?」


 俺は周囲から沸き起こる笑い声を呆然と聞いていた。


「オモチャは反応がないのが一番つまらない。ちょっと動かしてあげるね」


「何、を……」


「みんな、聞いてくれ。このオモチャのセクト君はさ、僕に色んなことを相談してきたんだよ。恋のこととか、将来の夢とかさあ……」


「や、やめろ……」


「ん? もう一度言ってごらんよ?」


「やめろ、やめてくれ。やめてください……」


 俺は耳を傾けてくるラキルに必死に懇願する。


「聞いた? やめるわけないのに、こいついくらなんでも頭悪すぎない? みんな、セクトはね、カチュアと結婚するのが夢なんだって! こんなにビッチなのに……。カチュア、嬉しい?」


「もー、ラキルったら。嬉しいはずないでしょう。こんなしょうもないのと結婚するほど私は落ちてないですよー……」


「……カチュ、ア……」


 俺はカチュアの笑顔を見て、心の奥で何か大事なものが砕けたような気がした。心よ、今すぐ凍ってくれ。これ以上、傷つきたくない。だから、今すぐ凍ってくれ……。


「みんな見てくれ、セクト君のこの今にも死にそうな顔。壊れたオモチャなんて必要ないしそろそろ殺しちゃおうか?」


「それなら俺がやってやる!」


 ルベックの荒々しい声に視線を引っ張られる。


「こいつ、俺の悪口をラキルにずっと言ってやがったんだよ。筒抜けだって知らずによ。だから、今までの恨みを存分に晴らさせてもらうぜ……」


「……」


 俺に向かって拳を鳴らすルベックの目は本気だった。俺はこんなところで殺されてしまうのか。涙すら出ない。俺の人生ってなんだったんだ。なんだったんだよ……。


「それじゃ、やるぜえ! 前夜祭のメインイベント、クソセクトの血祭りの始まり始まりー!」


「「「ヒャッホー!」」」


 拍手と歓声が俺の耳と心を貫き、歯がガタガタと鳴り始めた。これほどまでに生きててもしょうがない状況になっても、俺はまだ死ぬのが怖いっていうのか……。

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