2.晴れのち曇り


 あれからしばらく経って、ようやく念願の教会がもう少しというところまで近付いてきたが、その頃には周囲も暗くなってきていた。いつの間にやら夕方か……。


 この時間になると教会は一旦閉まるということで、ぽつぽつと行列の中にテントの姿が見え始めた。こうなると固有能力付与の再開は早朝以降になるらしく、行列は動かなくなりパーティーはその場に留まるしかないからだ。とはいえ、強風も吹く崖の上にテントを張るというのは決していい気分ではない。


「いいか、しっかり見張っているのだ、うすのろセクト。さぼったら……わかっているだろうな?」


 オレンジ色をした短髪の男――パーティーリーダーのオランド――が睨みつけてくる。筋肉隆々で、それを見せつけるためか格好も肌寒い中、半袖のぴっちりした服と短めのズボンを着用している。


 通称、腐ったみかん。弱者には少しのミスでも暴力とともに説教してくるが、強者にはどんなミスをしても何も言わないお飾りのリーダーだ。


「はい、わかりました」


「セクト、もっと元気よく言え! たわけが!」


「はい! わかりました!」


「もっとだ! まったく聞こえんぞ、このうすのろめが!」


 オランドの命令で俺は仕方なく何度も元気よく言うんだが、そのたびに周りから笑い声が上がって気分が悪くなる。


「わかりましたあぁ!」


「まだだ! まったく聞こえん!」


 一体何度言わせるつもりか。怒りで拳が震えるが、今日までの我慢だ。固有能力を貰うまでの。もちろん、前向きに最高の能力が貰えると予想している。そう思わないと気が変になりそうだからだ……。


 みんなロープを伝って崖を上っていく。そこはここと違って安全で遊べる場所もあるからだろう。残された俺は、ここが『ウェイカーズ』が並んでる場所っていう目印なわけだ。


「それじゃ、あとは頼んだよセクト」


「うん、ラキル。今日はありがとう」


「いいって。僕たち友達じゃないか」


「ラキル……」


 友達、かあ。ラキルの言葉が胸に沁みる。


「……あのさ、セクト。固有能力を貰ったら、僕たちだけでパーティーを組むのはどう?」


「ええっ……?」


「近くにアルテリスっていう町があるから、そこのギルドで登録しよう。もちろん、君の好きなカチュアも入れるよ? ルベックやオランドもいないし、いいと思わないかい?」


「……いいね……」


 俺は三人だけのパーティーを想像して口元が緩んでしまう。親友のラキルに、片思いのカチュアと一緒なら毎日楽しそうだ。


 なのに今まで考えたこともなかったな。それだけルベックたちに少しでも見返したいって気持ちが強かったからかもしれない。もし俺の固有能力が相当に強いものなら、あいつらが態度を変えて慰留してきたとしてもパーティーから離れるとしようか。


 今までの横柄な態度のせいで惜しい人材がいなくなるわけで、それで充分仕返ししたことにはなるだろうし、逆恨みされたとしても、凄い固有能力ならあいつらも今までのように強気では向かってこられないはず。


 もしあまり強い能力じゃなかったとしてもこっちにはクールデビルのラキルがいるし、もう何も怖くない。


「わかったよ、ラキル。是非、三人で!」


「うん。でも、セクト。そんな締まりのない顔じゃカチュアに振られちゃうよ?」


「あ、あはは……」


「あの子さ、セクトのことを可愛いって言ってたから気があると思うよ」


「え、ええ?」


 あの子が、俺のことを可愛いって? ゆ、夢みたいだ……。


「ほら、また締まりのない顔!」


「う……」


「それじゃ、僕はすぐ戻ってくるからお留守番頼んだよ」


「うん。待ってるよ」


 俺はラキルに笑顔で手を振って別れた。三人パーティーのことを考えるだけで嬉しくなって、今にも心が躍り出しそうだ。






「おい起きろぉ、ゴミセクトぉ……」


「――な、なんだ?」


 俺はいきなり誰かに手首を掴まれ、さらに頬に冷たい感触がして、何かと思ったら蛇が目の前にいた。


「ひ!?」


 しゅるしゅるとテントの下を抜けていく蛇から仰け反るようにして起き上がる。


「やっと起きたか。来いぃ。ひひっ……」


「ちょっ……」


 乞食のような格好――伸びきった灰色の髪、色褪せたよれよれの服に、膝や脛の部分が破れたズボン――の男に無理矢理引き摺られてテントから出る格好になる。こいつは、アレだ。


 グレス――通称、蛇男――。嫌がらせの達人で、俺より根暗でコミュ障ないじめられっ子だったんだが、ルベックの子分になって命令を忠実に実行するようになってから出世した。


 ルベックを振った女の子の枕元に大量の蛇や昆虫を置く等、数々の嫌がらせを平然とやってのけた男なんだ。それが俺になんの用事があるっていうんだ。正直、嫌な予感しかしない……。


「――はぁ、はぁぁ……。ひひっ。連れてきましたぁ……」


「おうおう、よくやったぜ、グレス。ひっく……」


 崖の上に立つ大樹前に焚き木があり、その周りに張られたテントの内の一つから赤い顔のルベックが出てきた。かなり酔ってるな。しかも中から女の子の笑い声がする。まさか、俺を見世物にでもするつもりか? 今すぐにでも逃げ出したくなるほど嫌な状況だ……。


「おいクソセクト、固有能力付与の前夜祭だ。何か面白いことをやれ! ひっく……」


「何々?」


「おもしろそー」


「う……」


 周りのテントから野次馬がぞくぞくと集まってくる。何か面白いことが始まりそうだと期待の眼差しを向けられているのがわかる。俺にどうしろっていうんだよ……。


 そういえば、ラキルはどこに行ったんだ? 俺が寝てたせいで、またどこかに行ってしまったんだろうか。あいつさえいればなんとかなるんだ。頼む、早く助けに来てくれ……。

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