後編

 アルバイトが終わり、クタクタになった体の両肩に買い物袋をさげ、背中の方にうまく袋を避けながら自宅のドアを開ける。白のフレームにピンク色の花柄のカバーがかかったベッド。そのヘッドボードに置いてあるデジタル時計があと30分でクリスマスイヴが終わると告げていた。


 バイト先の営業時間は20時まで。いつもならもっと早く帰宅できるはずだったが、明日に備えた仕込みや後片付けで思いのほか遅い時間になってしまった。


 この後深夜2時くらいに陽人はるとがみいこの家に遊びに来る。あいにくツリーやリースやかわいいガーランドなんてクリスマスらしい飾り付けはないけれど、お腹を空かせて来る陽斗のために仲直りも兼ねて愛情のこもった手料理を振舞おうと閉店間際のスーパーで沢山買い込んできた。


 さて、とエプロンをつけて手を洗いながら頭の中で手順を決めていく。とりあえず冷やさないといけないのでケーキを一番最初に作って、サラダにチキンにパスタに、と大方きめたところでボウルなどの調理器具の準備を始めた。



 ケーキはそこそこ上手く作る自信があるがその他については絶対に陽斗の方が美味しいものを作れる。なんせイタリアン料理のシェフを目指しているのだから。料理は味も大事だけどその分気持ちも大事なんだ、とあんまり技術的なことは考えずにすることにした。


 チョコレートが好きな陽斗のためにケーキはブッシュドノエルにした。ハンドミキサーで卵をふわふわのオムレツが作れるくらいまで泡立てて、ココアや薄力粉を混ぜてツヤツヤの生地が出来たら型に流し入れて焼く。


 焼いているあいだにチョコクリームを作るためのチョコを刻む。オーブンとまな板の両方から甘いカカオの香りが漂ってくる。スポンジにチョコクリームを塗ってロールケーキにしたら飾り付けだ。


 フォークで木の模様をつけていちごで作ったサンタを飾って粉砂糖をふりかけたら完成。うん、上出来だ。



 ケーキを冷蔵庫に入れ、その他の料理もあらかた作り終えて、あとはオーブンがチキンを焼き上げてくれるのを待つだけ、という頃ににチャイムがなった。


 手をふいてぱたぱたと玄関のドアを開けると恋人の姿よりも先に真っ赤な大ぶりの花が目に入ってきた。


「メリークリスマス!」

 

 陽斗が真っ赤な花束をみいこに差し出す。クリスマスの花、ポインセチアの花束だ。


「バイトの休憩早めの時間にもらって急いで買いに行って更衣室に置かせてもらったんだ。枯れたりしおしおになったりしなくて良かった。この間は遅刻なんてしてごめん。」


 寒さで真っ赤になった鼻を擦る陽斗は、サンタさんよりトナカイに近い気がしてぎゅっと抱きしめたい感情が沸いてきた。


 家の中に入りポインセチアを花瓶に移して窓際に飾る。これだけでいつもと同じ部屋が一気にクリスマスらしくなった。振り向くと陽斗がコートをハンガーにかけていた。女の子みたいに細い体格のくせにその背中は以外と広い。


「この間はごめんね、メリークリスマス。」


 後ろから抱きしめてささやいた。



 2人で出来上がった食事を白のダイニングテーブルに運び手を合わせて食べ始めた。


「めちゃくちゃうまいよこれ!」


 陽斗は大袈裟に喜んでみいこのご飯を食べてくれた。やっぱり自分の作ったご飯を美味しく食べて貰えるってうれしいな、とみいこの心はほくほくと温まった。


 まだ実家に住んでいた頃、といってもまだ2年も経っていないけど。みいこはよく歳の離れた妹にお菓子を作ってあげていた。ねーたんのおかしおいしい、と小さな手と口でにこにこ美味しそうに食べてくれるかわいい妹。その汚れてしまった口元を拭いてやるのが好きだった。妹のおかげでみいこはパティシエを目指そうと思った。


「これ、クリスマスプレゼント」


 ケーキを食べている最中に彼から小さな白い箱を渡された。ありがとう、と言って中身をあけるとそこには指輪がちょこんとはいっていた。え、と驚いていると


「それ予約の指輪だから。」


 陽斗が下を向いて顔を赤らめる。


「今はまだ、学生でお金もないから高い指輪は買えなかった。でも、来年の春には一流レストランに就職も決まった。たくさん修行していつか自分の店持ってでっかい男に絶対なるから。その時は給料3ヶ月分なんてもんじゃない。半年分でも1年分でもうんと綺麗な最高の指輪をプレゼントするから、それまで見ててくれ!そしてずっとそばにいて…欲しいです。」


 勢いでしゃべって急に恥ずかしくなったのか最後の方は消えそうなくらい小さな声だった。


 これってもしかしてプロポーズ?そう気づいたら私まで恥ずかしくなった。


 はい、と小さな声で返しシルバーのシンプルなデザインの指輪を左手の薬指にはめてみた。ピッタリだ。高い指輪なんていらない。陽斗の気持ちが詰まったこの指輪を一生大切にしようと思った。


 頬に暖かい水が流れる。あれ、なんで泣いてるんだろう。陽斗が驚いてわたわたしてる。


「どうしたのみいちゃん?」


 陽斗の声はどこまでも優しい。きっとこれを買うためにバイトを詰め込んでがんばってくていたのに。わたしは本当に馬鹿だ。



「最近全然時間も合わなくて、もう私たち終わりなのかなってどこかで思ってた。でも違ったね。分かってなかったのは私の方だね。ありがとう。」


 陽斗はぐすぐす言いながら喋るみいこの濡れた目元を優しく拭う。その手は少しだけハーブの匂いがする気がした。暖かい手に包まれてどちらからともなくキスをする。


 数日前、お風呂に入っても温まらなかった体が陽斗の優しさだけでポカポカになった。


 みいこが少しだけ体を離し、私も、と笑ってプレゼントを取りに行く。プレゼントの中身はネックレスだ。指輪をあげようか悩んだけれどサイズも分からないし、女の子から指輪を上げるのは気恥ずかしくてネックレスにしたのだ。


「私だって美味しくてきらきらしたケーキを作れるようになって自分のお店もつんだからちゃんと見ててよね。」


 お互いの顔は窓際に飾られたポインセチアのように真っ赤に染まっていた。



 ベッドの中でくたくたの体を絡めう。ひさびさの陽斗の温もりに愛しさが込み上げ、彼に抱きついて見られないようにこっそりまた、涙を流した。



 ふと喉が乾いて目を覚ますと時刻は6時近かった。おそらくまだ1時間程度しか寝ていないだろう。陽斗の抱きしめる腕を避けてベッドから降りた。裸で寝てしまったのでベッドから出るととてつもなく寒い。スリップだけタンスから取り出して冷蔵庫へ向かう。


 喉を潤してふとカーテンの隙間から外を見てみるとまだ夜は明けていなかった。でも冬の夜は街灯に雪が反射して意外と明るい。もう少しして日が登れば真っ白に輝く美しい景色が待っている。


 白い景色と赤いポインセチアのコントラストはきっととても美しい。早くその光景を見たいと心弾ませた時、みいこ…と寝言なのか自分を呼ぶ愛おしい声が聞こえ、陽斗の腕の中へもどった。


 今日はクリスマス本番。もう1.2時間もしたらまた学校とバイトが待っているけど、自分が作ったケーキを囲んで、笑い合う恋人や家族を想像するとこんなクリスマスも悪くないと思えた。


 陽斗、来年も再来年も、ずっと一緒にクリスマスを過ごそうね。


 心の中でささやいて陽斗の頬に口付けをする。純白の世界が目を覚ますまで、もう少しだけ、寄り添って暖めあって眠ろう。


 どんなに忙しい日々でも幸せはすぐそこにあると気づかせてくれたあなたと。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ミッドナイト・クリスマス 椿木るり @ruri_tubaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ