T02-03

 久我透哉(くがとうや)ののるBMD-T07は海中深く沈んでいった。太陽の光を受けて輝く海面は遠のき、漆黒の闇が支配する世界へと落ち込んでゆく。きらびやかな魚たちの群れはゴツゴツとした岩のような魚へと変わっていく。やがて光を放つ無数のクラゲがBMD-T07を取り囲む。地上でみる星々に匹敵する幻想的な世界がそこにあった。


『カイラギ』となった久我透哉はすべてを理解した。


『私は一つ』それが『カイラギ』の存在そのものだった。


『カイラギ』は人間がつけた呼び名であって、本当の名前はなかった。

いや、正確に言うと名前は必要なかった。名前は人と人、物と物を区別し、へだてるために必要なものだ。『カイラギ』は一つの存在であり、一つの意思だった。ゆえに区別する必要がなかった。


久我透哉は『カイラギ』の意識の中で行方不明の父と出会った。


「透哉も来たのか」


「父さん」


久我透哉の中に父の思いが流れ込んできた。


目の見えない透哉が一人で生きていけるように甘やかさず厳しく接したこと。


将来、仕事につくことが難しい透哉のために久我道場を必死で守っていたこと。


もちろん、そこには父の見えや欲望もあった。透哉が父に抱いていた挫折や打算。裏切りや失望もすべてそこにあった。


しかし、それは表面的なもので心の底はやさしかった。


久我透哉は『カイラギ』の意識の中で行方不明の母と出会った。


「母さん」


「透哉なのね」


久我透哉の中に母の思いが流れ込んできた。


父と対立する母の中には、目の不自由な子を宿したことへの強い負い目があった。だれにもぶつけられずに自分に向けられた怒り。不安。恐怖。


もちろん、それは彼女のせいではなかった。


そして、その奥にぬくもりが息づいていた。


久我透哉は『カイラギ』の意識の中で彼をいじめた陽ちゃんに出会った。


「ごめん」


彼は自分たちとは違う久我透哉におびえていただけだった。


もちろん、仲間の上に立ちたいという思いからくる悪意や敵意もそこにあった。


しかし、本当の陽ちゃんは仲間外れになることをただ恐れていた。一人でいる久我透哉がゆるせなかっただけだった。


久我透哉はそうやって『カイラギ』の中で何千、何万の思いを知った。知ってしまえば笑ってしまうような、たわいのない思いばかりだった。


「そこにいるのは修(しゅう)なのか」


「はじめまして。宮本修(みやもとしゅう)です」


「・・・」


「君、強いね。うん。とても強い」


「・・・」


「でも、無理している」


「・・・」


「行こう」


BMD-T07は呼吸器官から夜光虫のような微生物を吹き出してやわらかい光に包まれた。久我透哉は360度の視界を使ってそれを見た。


「私は一つ。この星のみなもととして」


BMD-T07は光をまとって漆黒の闇の中を進んだ。

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