G01-01

 街の中心地から少し離れた高台の上に柊木(ひいらぎ)中学校は立っていた。林間学校の木造校舎を転用したもので、建物は古く木製の窓枠からは隙間風が入り込むようなありさまだった。コンクリートの建物は老朽化がいちじるしく、資源不足のため修復もままならず耐震性が問題視されて、次々と放置されつつあった。


 麻宮五鈴(あさみやいすず)教諭は大きなカバンを背負った一人の女子生徒を連れて教室に入った。この学校では転校生は珍しくなく、騒ぎになるようなことはなかった。麻宮五鈴が教室の中を見渡すと生徒の机のいくつかに一輪挿しがのせてあった。古くなって花が枯れかけているものが多かったが中に二つ、真新しいものもあった。


 生徒の一人が声を上げた。


「今度の転校生はけっこうかわいいじゃん」


転校生の女子生徒を見て、教室中がはなやいだ雰囲気になった。


「決めた。おれ、彼女に告白する」


とたんにヒュー、ヒュー、とひやかしの声が巻き起こる。


麻宮五鈴は「なんだかんだ言ってやっぱり中学生なんだな」と生徒たちの大人になり切れていない幼さの残る顔を見回した。


「やめときな。そいつの実力次第では、明日また、真新しい一輪挿しが増えるだけだ」


窓際の列に座った久我透哉(くがとうや)の一言で、教室中が静まり返った。みんなが自分の近くにある机にのっている一輪挿しに目をやった。


 まわりのしずんだ空気を察して、女子生徒は、自分を「かわいい」と言ってくれた男子を見すえて自信ありげに言った。


「こんにちは。デートの誘いならいつでもどうぞ」


彼女はスタスタと歩いて教室の黒板に向かうと、大きく自分の名前を書いて振り向いた。


「神崎彩菜(かんざきあやな)です。よろしく」


教室中にどよめきがおきる。


「おい、神崎彩菜ってあの神崎か」


「うっそー。伝説のBMD-A01のパイロット」


「復帰戦でいきなり『カイラギ』30体をやった神崎さん」


「私、生きて卒業できるかも」


「マジかよ」


ドスンと言う音をたてて、彼女をかわいいと言った男子が椅子ごとひっくり返った。教室中に笑い声が巻き起こる。


 麻宮五鈴は教室を見回して、久我透哉の席の後ろにある席を指さした。


「神崎さん。久我くんの後ろの席に座って」


神崎彩菜は荷物を背負って窓際の席に向かった。久我透哉の席横までいって、


「神崎彩菜です。よろしく」


と、声をかけた時だった。久我の持った白い杖(つえ)が彼女の脚を払いのけた。


ガチン


 金属と金属がぶつかり合う音がして、神崎彩菜はしりもちをついた。スカートがめくれて、両膝上の義足の取り付け部があらわになった。教室中が静まりかえった。


「ちょっと。久我くん」


麻宮五鈴は慌てて神崎彩菜の下に駆け寄った。


「ごめんなさい。久我くんは目が見えないの。ワザとじゃないのよ」


「麻宮先生。ワザとですけど」


久我透哉は涼しい顔で続けた。


「いつまでも隠し通せないだろ。それ」


「そうだよね。私もいやだって言ったんだけど。動きにくいし。でも、まわりを不快にしないようにって麻宮先生が言うから」


神崎彩菜はそういうと両足の義足を取り外して、大きなカバンの中からスポーツ用の板ばねのような義足を取り出して付け替えた。


久我透哉が彼女に手を差し出した。


「ああ、その方がずっといい。音でわかる」


神崎彩菜は彼の手を取って立ち上がった。


「よろしくね」


久我透哉は彼女の方を向いて、目を閉じたままほほ笑んだ。


「ああ、よろしく。神崎さん」


「このクラスに陣野修(じんのしゅう)くんがいるはずだけど」


「ああ、陣野ならキミの席の後ろだ」


神崎彩菜が目をやると、目の前でおきていることにまったく感心がないかのように椅子に座ったまま外を見つめる男の子がいた。

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