魔法少年クリ&リズ

シロクマKun

第1話 魔法使いの少年

「おねーさん、おねーさん」


呼ばれて振り返り、ん?誰もいないじゃん?…と、思ったら目標物は目線の遥か下だった。 アタシの大して長くもない足でも軽くまたげそうな背の高さの少年がそこにいた。 

幼稚園児くらい? 

泥棒に尻尾を振ってしまうちょっと抜けた仔犬のような、ぽわーんとした雰囲気の少年だった。 周りに親らしきぽわんとした大人はいない。

迷子か?とも思ったが、このゆるい少年は悲壮感の悲の字も漂わせていなかった。


「なにかな、少年? というかオネーサンは今、手が離せないのだが」と、前を向いたまま、背中越しに言う。

「えー、おねえさん、さっきからずーっとそこにいるよね? ヒマなの?」

「暇じゃないよ。 おねーさんは、お仕事中です」

「ウソだぁ。 ボク最初からずーっと見てたもん」

「3時間も見てたんかいっ。 どっちがヒマだよ? 落語か?」


さて、アタシは女子大生なんだが、頭に「貧乏」が付いてしまう立場なのである。 親からの仕送りはギリギリなのでバイトが必須だったりする。 よって今は探偵のバイトの最中なのだった。 あるカップルがラブホから出てくる場面を撮影するのが目的である。


「ねぇ、おねーさん、ストーカー?」

ガキんちょがしつこく聞いてくる。

「ストーカーじゃありません。 つか、お尻をポンポンするんじゃない!」

さっきからガキんちょがアタシの尻を叩いてくる。


「ねぇ、おねーさん、のぞきは犯罪だよ?」

「だからお尻を撫で回すなっ。 そんでのぞきでもないからっ!」

振り返ってガキんちょを睨み付けた。

が、当の本人はクリリンの攻撃を受け流すフリーザのごとく全く効いちゃあいなかった。


で、ふと疑問に思う。 このちんちくりんは、なんでこんなラブホ街にいるのだろう?


「少年、この辺りに来るのはまだ早いぞ?」

「なんでー?」

「ここは大人になってから来るところです」

「えー、じゃあおねーさん、よく来るんだー?」

このくそ坊主、わかってて言ってるんだろーか?


「おねーさんはあまり来ません」

「あまりって事は、ちょっとは来るんだねー?」

「…全然来ないよっ。 悪かったわね!」

べ、別に子供相手に見栄張った訳じゃないんだからねっ。


「えー何で怒ってんのー? ボクねぇ、一度あの中に入ってみたいんだー」

そう言って少年はひときわきらびやかなお城のような建物を指差した。

『VIP』と言う名のHOTELだった。


「おねーさん、アレなんて読むのー?」

「…ビップ」仕方なく答える。


「えれきばん?」

「磁石貼り合ってどーすんだよっ‼ ジジババかっ!」

なるべく構わないでおこうと思ってたのに、思わず突っ込んでしまった。


「ボクねぇ、おねーさんとあそこ行きたいなー。 だめ?」

うおおおぉーっと、このクリクリ坊主、アタシが20年生きてきた中で、初めて

ラブホに誘ってきた野郎になりました。おめでとうございますパチパチパチ、ってかこのクソ坊主! これは喜ぶべきなのか? いや違うだろ?


そりゃ、アタシは田舎育ちの野暮ったいメガネ女子だし、胸も全力疾走したって揺れる事がないくらい控え目だし、告白された事もないし、そもそも合コンに呼ばれた事もない女だよ? だからって最初に誘われたのが幼稚園児とか、

どんな四流ライトノベルみたいな設定だよ?


「なぁ少年、あそこがどんな場所か知ってるかね?」

「えーっと、男の人と女の人がきゆうけいするトコ?」

「ウ~ン、まぁザックリ合ってるけど。 それだけじゃなくてだな…」

なんて説明すればいいのだろーか?


「あっ、お泊りしたら次の朝お店の人に、『きのうはお楽しみでしたね』って言われるんだよね?」

「ドラクエかっ!」


いかんいかん、張り込み中だった。 こんなの相手にしてる場合じゃない。


「とにかく、おねーさんは入らないの。 あそこから出てくる人を待ってるの!」探偵の仕事内容をベラベラ喋る訳にはいかないが、相手は幼児だし、アタシも所詮バイトだし、まぁいいか。


「出てくる人の写真撮るのー? あっ、わかったー! それでユスるんだねー?」

「ちげーわっ! 犯罪だよ?それ! 証拠を撮るのっ!」

ああ、誰かこのくそ坊主を引き取って下さい。 てか、親はどーした?


「おねーさん、探偵なんだー? カッコいいーっ。 ねぇねぇ、サッカーボール出して?」

「コナンじゃないからっ」

「なんかカッコいいセリフ言う時、メガネが曇るんだよねー?」

「いや、アレ光ってるんだと思うよ⁉ そんな都合よく曇らないし、メガネ曇ったらむしろカッコ悪いよね⁉」

もう、ヤケだ。 人生においてこんなに突っ込んだ事があっただろうか?

いや、ない。 って、これなんて文法だったっけ?


「ボクねぇ、ボクねぇ、おねーさんのお手伝いできると思うんだー」

あーはいはい、だったら静かにしててくれ、少年。


「ボクねぇ、魔法が使えるんだよ? スゴイでしょ?」

ムムム、変にマセてると思ったら、ガキンチョっぽいトコもあるんだ?

てか、極端すぎるだろ? 真ん中はないのか?真ん中は。


「へースゴイ、スゴイ」

完全な棒読みで帰りなさいアピール。


「あーっ、信じてないでしょ? だったら見せたげる。 魔法のステッキ持ってきたもんねー」

そう言いつつ、ガキンチョは背中に背負ってたリュックの中をゴソゴソし始めた。 魔法少女が持ってるよーなカラフルなステッキ出してくるんだろーなーって思ってたら、渋い色の折りたたみ式の木のステッキを出してきた。

「なんか思ってたのと違うっ。 てかそれ、普通にお年寄りの杖だよね⁉」


「うん、ボクのオジイちゃんの形見なんだー」

ちよっと寂しそうに言うガキンチョ。

あっ、地雷踏んじゃったかな? ジイちゃん亡くしたショックで魔法とか夢想しがちになっちゃったとか?

ちょっとフォローしとこ。

「そうなんだ。 良いもの貰ったね」


「んー? まだ貰ってないよー? さっき遊びにいく前、オジイちゃんがコレ持って行きなさいって渡してくれたのー」


「それ、じーさん、死んでないよねっ⁉ 形見じゃないじゃん⁉」


「えー、オジイちゃん生きてるよー? おねーさん、殺さないでよ?」


「おめーが殺したんだよっ‼」

つ、疲れる。


「とにかくねぇ、魔法見せるねー」

と言いながら、クリクリ坊主はナニやら力み始めた。


「むむムムム、おねーさんのオッパイ、大きくなぁれ!」


「は?」

ええそうですよアタシの胸はガキにネタにされるほど小さいですよ

と、自虐的に突っ込んでると、突然、体が前のめりになった。


重い。 体の前の方になんかぶら下がってる。

無意識に手でまさぐったら、なにかぷよぷよした感触があった。

ん? なんじゃこりゃ? おっぱ…


「!#$%&*!%$#&⁉」

オッパイがでっかくなっちゃった⁉ ってマギー真司かっ!

未だかつてない感触にアタシはパニックった。


「お、重いっ! 柔らかいっ!!#%$‼」


「ね? スゴイでしよー?」


「た、谷間があるっ! 胸の谷がアルでしかしっ!&%*#‼」


「ねー?」


「で、でかいっ! Eか⁉ Fか⁉ Gなのか⁉ #$%&@$%‼」


「………」


はあはあはあはあはあ…


およそ1分ほどで胸は元のペッタンコに戻った。


「なんだったんだ? 今の魅力的な幻覚は?…」

まさか、ホントに魔法だったんだろーか? 幻覚にしては確かな感触があったし。 つか、魔法にしたって、なんて罪な魔法だよっ?

上げて一気に落とされた精神的ダメージは計り知れない。 まるで雪崩式のブレンバスター食らった気分だ。


「いや、幻覚だな、うん。 多分知らないウチに変なハーブとか吸っちゃったんだ。うん」

 

「おねーさん、げんじつとうひ? さっき、ドン引きするほどハイてんしょんだったよー?」


「うっ」ズバリ過ぎて言い返せない。 


「ね?ホントに魔法使えたでしょ?」得意気に顔を覗き込んでくるガキンチョ。


「ならもっかいやってみてよ? い、いや、アタシの胸はもういいからっ

違うパターンでっ」

またあの精神攻撃を食らったらきっと、一歩のデンプシーロール受けたみたいにもう立ち直れないだろう。


「いいけどー。 すぐにはできないよー? 10分くらい、またないと」


「ふーん、連発できないの? インターバルが必要なんだ?」


「のだめ?」


「それはカンタービレだよっ なんでのだめ知ってんのよ? ちょっと休むってことだよ」


「そーだよー。 オジイちゃんがねー、それは『けんじゃたいむ』じや、って言ってたー。」

…どーしよーもねぇな、クソジジイ。 子供にナニ教えてんだよっ?


ん?、ジイさんは魔法の事知ってるのか。 てか、元々ステッキもジイさんのだし、ひょっとしてジイさんって魔法使えるのか? 


「なぁ、少年。 君のオジイさんって魔法使い?」


「うん。 むかし魔法使いだったんだってー。 今はけんじゃだって言ってたよー?」

おお、それはなんかスゴイ。 賢者といえば魔法使いの上位職だし。(ゲームの設定だけど)


「奥様は魔女、みたいだな」

昔、そんな海外ドラマがあった。


「ん〜? オジイちゃん、男だから魔じょじゃないよー? 

オジイちゃんは魔おとこ、だねー。 うちのオジイちゃんはまおとこ」


「いや、それなんか違う意味になるから連呼しないよーに」


「しもねた?」


「ちげーわっ! (う)でも(ま)でもないわっ! (れ)だからっ」

 

ったく、ジジィもジジィなら、孫も孫だ。

話を戻そう。


しかしジジィ、いろいろとんでもないな。 この現代社会で魔法使えるとか。

そ~いえば、この現代社会でも魔法使いになれる方法がネット上で、まことしやかに流てるが。

「ひょっとして、アンタのオジイさん、30までどー…」

危うく言いかけて口を抑えた。 流石に子供相手に言うべきセリフじゃない。

それに、今時そんな条件クリアしてるヤツって、それなりにいるだろう。


「オジイちゃんねー60まで、どーてーだったんだってー」

「ぶほっ」思わずむせた。


60まで未経験かいっ⁉ つか、60過ぎてから子供出来たんかいっ⁉

ジイさん、思いっきり予想の斜め上いき過ぎだろ‼。 

なんか、魔法使いになれたのもなんとなく納得出来そう。


「ねーねーおねーさん、どーてーってなに?」

ああ、ヤッパリそう来たか。


「ウ~ン、チェリーの事かなぁ?」

何で童貞の事をチェリーと言うのか、あたしも知らんけど。


「え〜、さくらんぼの事だったのー? ボク、ばーじんの事かと思ってたー」

「知っとるやんけっ!」コイツはホントに幼稚園児だろーか?

じーさんが化けてるとかではあるまいな?


「ねーねーおねーさん、男の人が初めて本書いても、しょじょさくってゆーのかなー?」

「知らんがなっ」興奮すると一時期いた関西弁が出るアタシ。




◆◆◆



そうこうしてる間に賢者タイム?が過ぎたようだ。


「それじゃね、あの車をちょっと浮かせてみて?」

アタシは近くのパーキングに停めてある、軽自動車を指差した。


「うーんムリかなぁ」見ただけでガキンチョは首をかしげる。

流石に車は大き過ぎるか?


「じゃ、あの看板をちょっとだけ動かせる?」

今度は道に置いてあるだけの、小さな看板を指差してみた。


「ウ~ン、たぶんムリかなぁ?」反対方向に首をかしげた。


「じゃあ、あの女の人のスカートめくり上げれる?」

と、かなり遠くを歩いている女性を指差す。


「うん、アレならいけるよー」パッと顔を輝かせて即答するガキンチョ。


「……」


見てると、少年の掛け声と共に、ホントに女性のスカートが捲り上がった。


「へへ〜」と、嬉しそうに笑いながらコッチを見るクリクリ坊主。


「……」


なんとなくわかってしまった。


コイツの魔法、らしい。




…って、おいっ







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