第43話 死刑執行②
刑場に姿を見せた皇妃イリヌと側妃アリューリスの顔は土気色である。死という避けられぬ運命を受け入れようとしても受け入れられないという様子であった。
「ひ……」
アリューリスの口から恐怖の声が発せられた。ザルブベイルの観客達の凄まじい憎悪が叩きつけられ心の底から恐怖を感じたのだ。
側妃アリューリスの恐怖の声に動じることなく皇妃イリヌは堂々としていた。皇妃としての誇りが取り乱すことをかろうじて踏みとどまらせていたのである。
(これが……私達のやった事の結果なのね……)
イリヌの心の中にはザルブベイルの憎悪に対する意味を痛感していた。
「これより皇妃イリヌと側妃アリューリスの処刑を執り行う」
処刑人の言葉にイリヌ、アリューリスは顔を強張らせた。元々死刑の宣告を受けていたのだが現実感を感じていなかったのだ。
しかし、ザルブベイルの者達から凄まじいばかりの憎悪を受けた事でこれは現実であると思い知らされたのだ。
「ひ……死にたくない!! 助けてぇぇぇぇ!! 私は何も悪くないわぁぁぁぁぁ!!」
突如アリューリスが叫びだした。あまりにも悲痛な声であるが、処刑人もザルブベイルの観客達もまったく同情の余地はないという表情である。
(アリューリス……何をしているの?)
イリヌはアリューリスの醜態に心の中で毒づく。逆にアリューリスの醜態がイリヌに冷静さを保たせたのかも知れない。
「すでに判決が下っている以上、貴様らの死は絶対だ」
処刑人の声は限りなく冷たい。
「どうして私が死ななければならないの!! あなた達を殺したのは軍じゃない!! 貴族じゃない!!」
アリューリスの抗議に対して処刑人は口を開いてさらに冷淡な声で告げる。
「確かに我らを殺したのは軍であり、陥れたのは貴族だ。それは事実だが、お前達皇族はそれを見過ごし、それどころかアルトニヌスは自身の保身のために我らを積極的に害した。ならば我らもそのように振る舞うだけだ」
「な」
「おかしいか? 貴様は我らに地獄を見せた者達の共犯者だ。なぜ共犯者である貴様ら相手に我らが容赦すると思っているのだ?」
処刑人の言葉にアリューリスはガタガタと震え始めた。
「それに我らが主もこれはただの報復であり、正義とは無縁である事を我らに宣言している」
「……」
「我らを蹂躙したのが貴様らの正義というのなら正義こそが不幸の源泉だ。正義など貴様らに対する憎悪に比べれば無意味なものだ!!」
処刑人の言葉にアリューリスは完全に沈黙する。しかし体の震えはまったく収まらない。
「皇妃イリヌ、貴様も同罪だ!!」
処刑人の言葉にイリヌも顔を強張らせるが反論するような事はしない。
「刑を執行せよ!!」
「はっ!!」
処刑人達が進み出るとイリヌとアリューリスに手かせをつけるとそのまま引き摺っていく。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ!!」
「つぅ……」
乱暴に引き摺られてイリヌとアリューリスは柱にくくりつけられた。その際に女性であるとか高貴な身分というのは一切考慮されないのは当然の事であろう。
「お前達二人の処刑方法は“石打”である事はすでにわかっておるであろう?」
石打とは、石を投げつけられ生命力を少しずつ削られていくという処刑方法であり、絶命まで時間のかかる処刑方法である。
しかも“石打”というのはフィルドメルク帝国の国教である“レグレオス教”の姦淫における罰である。レグレオス教では姦淫は重罪とされ石をぶつけられることで罪を浄化するという考えであった。
イリヌもアリューリスも姦淫を行った訳ではないのだが、処刑方法に“石打”を選んだのはザルブベイルの皮肉である。
「これより処刑を行う。我こそはと思う者は石を持て」
処刑人の言葉を受けてザルブベイルの者達は一斉に石を持った。その数はイリヌとアリューリスの目で確認出来ただけでもかるく百を超えている。ザルブベイルの者達は嗤っていない。浮かんでいるのは嘲りの表情などではなく憎悪であった。
それがイリヌとアリューリスにとってなによりも恐ろしかった。狂熱による殺害ではなく氷のように冷静に殺されるというのは同じ殺されるにしてもイリヌにとって何よりも恐ろしかったのだ。
まるで“お前の死など何の意味も無い”と宣言されているようにしか思えなかったのである。
「ひぃぃぃぃぃ!!」
「ひぃあぁぁぁぁぁっぁぁ!!」
イリヌとアリューリスの口から絶望の声が発せられた。アリューリスは先程から醜く叫んでいたが、イリヌは何とか堪えていた。だがザルブベイルの冷たい憎悪をまともに受けた事でイリヌが堪えきれなくなったのである。しかも数千、数万のそれが自分に集中している事を感じてしまった以上、もはや精神の均衡を保つことなど不可能であったのだ。
「やれ!!」
処刑人の声が響くと同時にザルブベイルの者達が一斉に石を二人に投げつけた。イリヌとアリューリスには投げつけられた数千の石が妙にゆっくりと見えた。
イリヌとアリューリスは石の濁流に呑み込まれ皮膚が裂け、肉を抉り、骨が砕かれていった。
(ぎゃああああああああああああああ!!)
(やめてぇぇぇぇぇぇぇっぇええぇっぇぇっぇぇぇぇ!!)
イリヌとアリューリスの叫び声は誰の耳にも届かない。本人達も叫んだのか心の中で叫んだのか判断が付かない状況であったのだ。
「やめ!!」
処刑人が群衆を制止すると全員が投石を中断する。イリヌとアリューリスの死体が出来上がっていた。石をぶつけられ続けた体の前面は完全に潰れ、臓物がこぼれ落ちており凄惨な姿を晒している。しかも頭部は完全に砕け散っており死体というよりももはや肉の塊と呼んだ方がしっくりとくる様であった。
フィルドメルク帝国最後の皇妃、側妃の最期は肉片となるという最大レベルの無残なものとなったのであった。
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