第13話 花開く混乱と死
「なんだ?」
レメントがそう呟いたのは布陣を整えている真っ最中のことである。バーリング将軍の軍が最前列に布陣したのは全軍の布陣に時間がかかり、それにより敵が出てきた際にはまずは自分達が対応するという言葉に渋渋ながら同意した。
レメントの幕僚達が『ここで千程度の敵を撃破したからと言って大した功績にはならない。それよりも力を温存し帝都奪還に力を発揮すべし』という進言にレメントは納得したのだ。
「恐らく敵がバーリング将軍麾下の部隊に攻めかかったのでしょう」
「たった千程度で、相手の指揮官は無能だな」
「まったく愚かな事ですよ」
レメントの言葉に幕僚達は声を上げて嗤う。幕僚達の反応はある意味当然の事である。たった千程度で二十万の大軍に向かってくるなど正気の沙汰ではない。
相対したバーリング将軍の部隊だけで一万はいるのだから事情の分からないレメント達からすれば余裕が崩れるはずもない。
ウワァァァァァァ……
ギャアアアアアア……
レメントの耳に敵軍がいると思われる方向とは別の方角から声があがった気がした。
「おい……何か聞こえないか?」
「え?」
レメントの言葉に幕僚達は耳を澄ませると一気に表情が引き締まった。彼らもまた優秀な軍人であり、戦いの気配を感じれば切り替わるのだ。
「おい、これは背後から……いや何かおかしい」
「ああ、軍の至る所から絶叫が戦いの声が……違う」
「背後からだけでなく中からも聞こえる……そんなバカな」
幕僚達の言葉にレメントがやや不安気な表情を浮かべる。
「一体どうしたのだ?」
レメントの言葉に幕僚達は緊張を浮かべたまま返答する。
「どうやら我が軍は挟撃を受けているものと思われます」
「挟撃だと!?」
「はい、恐らくは前面に展開した千の軍は囮だったのでしょう。我らの目を引き付けておいて背後から襲うつもりであったと思われます」
幕僚の説明にレメントは納得していないようで不審な目を幕僚達に向けた。
「ならばなぜお主等がそこまで戸惑っているのだ? 背後から強襲というのは確かに一大事だがお主達がそこまで戸惑う理由がわからん。何を戸惑っている?」
レメントの言葉に幕僚達は意を決したかのように口を開いた。
「鬨の声が……背後だけでなく我が軍の真ん中で起こっているのが気になります」
「真ん中……だと?」
「はい外側の部隊が強襲を受けているのではなく……いきなり真ん中の部隊の方から戦いが始まっているのです」
「……ということは敵に呼応したものがいるというわけか?」
「誰かが裏切ったのか定かではございませんがいずこかの部隊が敵に呼応したと……」
「ちぃ、姑息な手を使う」
レメントがギリッを奥歯を噛みしめた時に急報が入った。
「大変でございます!! ルグリテス伯が戦死したとのことでございます!!」
「何だと!?」
レメントの驚きの声が発せられた。ルグリテス伯爵は勇猛果敢な武人肌の貴族であり今回の軍の布陣も短時間で終わらせており、その練度はすさまじく高い。間違いなくバーリング将軍とならぶ諸侯連合軍の中核となる人物であった。それがあっさりと討ち取られたとあっては驚くなと言う方が酷というものである。
「ルグリテス伯を討ったのは誰だ!?」
幕僚が伝令役の将兵に詰問する。
「それがエルメック軍とのことです。開戦直後にルグリテス軍へ襲いかかったとのことです!!」
「何をバカな!! エルメック軍はせいぜ三百ほどの軍ではないか!! たかだか三百でどうして精強なルグリテス軍を撃破するというのだ!!」
「ですが現にルグリテス軍の者からそう言われたのです!!」
「そんなバカな事が……」
伝令の返答は絶叫に近い。それこそがレメトスや幕僚達に伝令の言葉に信憑性を与えていた。
「若君、ここはすぐに戦場となります。ご命令を!!」
幕僚の言葉にレメントは即座に頷く。レメントは若く血気盛んであるが決して無能ではない。
「方陣を組め!! 四方からの攻撃を想定せよ!!」
「御意!!」
レメントの命令は即座に伝達される。各隊の隊長達は指揮する部下達に命令をだしレメント達はわずか十分ほどで方陣を完成させた。ここで見せた方陣への転換はハスバイス軍の練度が決して低いわけでないこと証明であった。
「……あれはなんだ?」
方陣を組んだレメントが見たものは信じられないものであった。全軍がすでに混乱の最中にあるのはルグリテス軍が壊滅した事に対して予想できる事でありそこまで驚くべき事ではない。
レメントが見た信じられないものとは逃げ惑う兵士達を容赦なく背後から襲う強大な体躯の騎士達であった。
騎士達の顔は骨に薄皮が張り付いているだけの明らかに人間以外のものであったのだ。しかもその騎士達の戦闘力はレメント達の常識を遥かに上回るものである。
騎士の大剣がふるわれる度に体を両断された兵士の体が数メートルも飛んで地面に落ちる姿が何度も見られた。
いや、それは終わりではなく転がった死体に黒い靄のようなものがかかると転がった死体は暴威をふるう騎士へと変貌するとつい先程までの仲間達を襲い始めたのだ。
「な、何だよ。あれ……」
「アンデッドだ……」
「あいつら殺した奴等をアンデッドにして襲わせてやがる」
レメントの周囲の兵士達が嫌悪感と恐怖の入り交じった声を上げる。
(アンデッドだと……? ひょっとしてエルメック男爵はすでに殺されていたのか?)
レメントは軍議の場でバーリングが語った『何故我々が一番最初なのだ?』という疑問が解けた気がした。
その考えに至ったときにレメントの恐怖は一気に高まった。自分達が狩られる立場であることを嫌が応にも思い知らされたのだ。
(ここに俺達は誘い込まれた……帝都はすでに“死の都”となっているのか……)
レメントはこの考えに至ったときにもはや“功績を立てる”などという考えが朝日を受け溶ける霜のように消え去っていくのを感じた。
(殺される!! いや、あいつらのようにアンデッドに!!)
レメントの精神のバランスが崩れるのは次の瞬間であった。
「引けぇぇぇぇ!!」
レメントの言葉に全員が呆気にとられた。命令のない状況故に全員が何とか踏みとどまっていたのだが指揮官のレメント自体がそれを崩してしまったのだ。
「このままここにいれば殺されるだけでなく、あいつらの仲間入りだぞ!!」
レメントのその言葉を皮切りに兵士達の一人が逃げ出すと次々と兵士達が逃げ出し始めた。
諸侯連合軍は瓦解したのだ。
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