第2話 処刑台の令嬢

「出ろ!!」


 エミリアはそう告げられると粗雑に男達に腕を掴まれる。


(つぅ……)


 エミリアは痛みのために苦痛の表情を浮かべるが男達はそのままエミリアを牢から連れ出した。

 

(もう少しね。本当に楽しみ)


 エミリアは心の中でほくそ笑んでいる。家族、一族、家臣すべてを奪われたエミリアにとってもはや自分の命ですら捨てるに躊躇はないほどである。

 粗末な部屋に入らされたエミリアはそのまま頭を押さえつけられるとハサミでざくりと長い髪を切られてしまう。もちろん、丁寧に切り添えられるような事はなく長さもバラバラである。 

 貴族の少女であればそれだけで泣きたくなるような扱いであるが、エミリアには悲しむような様子は一切見られない。

 髪を乱雑に切られた後にエミリアには手かせが着けられる。この手かせは魔術を封じるものであり、この術式を破る事は相当な手練れであっても不可能である。

 エミリアは乱暴に腕を引かれて監獄の外に連れ出されると、そこには1台の荷馬車が止まっている。

 

(なるほど見世物にするつもりというわけね……まぁいいわ)


 エミリアは皮肉気に嗤う。ここまで徹底的に尊厳を蹂躙するこの国のやり方にもはや怒りしか湧かないがそれでもエミリアはこの苦しみを晴らす方法があると思うと耐える事ができるというものであった。


「乗れ!!」


 男の言葉にエミリアは唯々諾々と従った。エミリアは何の反応を示すことなく、そのまま荷馬車に乗り込むことに男達はやや呆気にとられているが、すでに一族全てを失った彼女にとってこの状況は心を殺した故のことであるとしたのだ。


 それからの彼女は王都中を連れ回され王都の民にあり得ないほどの罵詈雑言を受けた。その中にはかつて彼女自身が救った者達もいた。


(まぁ、そんなものよね。でも逆にそれでいいわ。私もどこまでも冷酷になる事が出来るから……)


 エミリアは心の中で笑い出したい気持ちを必死に押さえていた。ここでもしエミリアを庇う者がいればそれだけでエミリアの心は迷う事になったかも知れないがそれがまったくなかった事がエミリアの心から躊躇という言葉を閉め出すことになったのだ。


(な……)


 王都中を引き回され刑場に入ったエミリアの目に飛び込んできたのは思いがけない光景であった。


「お父様……お母様……お兄様……みんな」


 そこにはエミリア達の家族、一族達の首が晒されていた。処刑は昨日と言う事を考えればそのまま死体を打ち棄てられていた事になる。あまりにも非道な光景にエミリアの心は怒りで染まるが、ぐっと耐える。


「降りろ」


 男に言われるがエミリアは咄嗟に動く事は出来ない。男がそれを見て、ようやくエミリアが動揺した事に嗜虐心を満たされたように口元を歪めた。


「さっさと来い!!」


 エミリアの首を掴むと引き摺り下ろされそれを見て王都の民達が一斉に嗤った。


(もう少し……もう少しでこいつらすべてに復讐できる)


 一斉に嗤った王都の民達の顔を見て怒りの炎が再び燃え上がるとエミリアはすくっと立ち上がった。

 エミリアはそのまま処刑台に自らの足でずんずんと歩いて行く。頭上に貴族達がニヤニヤとした醜い嗤顔を向け見下ろしていた。

 処刑台に上るとそこには顔を隠した屈強な男達と聖職者がいた。一人の男が鉞を持っておりあれで首を落とすのだろう。


「エミリア=フィル=ザルブベイル!! 我がフィルドメルク帝国を他国に売り渡そうとした売国奴の一族よ。その報いを受ける時が来た」


 皇帝のアルトニヌス2世が朗々とした声で告げると観客達のボルテージも一気に上がった。皇帝はそれを見て満足そうに頷くと手で声を制する。


「罪は償わなければならない!! ザルブベイルはその愚かな報いを受ける事になった。エミリアよ何か反論があれば申し出よ!!」


 皇帝の言葉にエミリアはニヤリと嗤う。


「下らぬ茶番は止めなさい。さっさとしなさい」


 エミリアはそう言うと自ら進んで処刑台の元に歩き出すと自ら首をそこに置いた。その行動に全員は呆気にとられていた。エミリアは惨めに泣き叫ぶ姿をさらすものとこの場にいるすべての者が思っていたのだが完全にその予想は裏切られた。


「さっさとやりなさい。この帝国のすべてを呪うわ。神などに祈ってもらう必要もないわ」


 エミリアはそう言うと静かに目を閉じる。聖職者が口を開こうとした時にエミリアは先手を打って神を否定したのだ。


「巫山戯るな!!」

「反省の色も無いのか!!」

「売国奴が!!」


 観客達のボルテージも一気に上がる。観客達の視線が皇帝に一気に集まる。早く死刑を執行しろという視線である。


「陛下」


 皇太子であるアルトスが皇帝に告げる。アルトスは昨日、エミリアの心を折ろうとして牢獄に赴いたがエミリアの言葉に恐怖を覚えていたのだ。


(奴は何かたくらんでいる)


 それがアルトスの出した結論であったがそれが何なのかまったくわからない。この状況を覆す手段など皆無である。転移魔術で逃げるかという可能性もあったのだが、この刑場には転移魔術防止のための結界が幾重にも張られているためそれは不可能であるし、そもそも魔術は手かせによって封じられている。


「やれ!!」


 皇帝は冷酷に掲げた腕を振り下ろすと執行人がエミリアの両肩を押さえ込み、鉞を掲げた男が一気に振り下ろした。


 ドン!!


 ブシュ!!


 鉞が振り下ろされそのまま処刑台に叩きつけられると鈍い音を発し次の瞬間に鮮血が舞った。

 エミリアの首は胴体と切り離され処刑台の上に転がっている。


「うぉぉぉぉぉぉ!!」

「ははははははははは!!」

「皇帝陛下万歳!!」


 処刑が執行されたことにより観客達のボルテージも一気に上がった。閲覧席にいる貴族達も立ち上がり拍手を送っている。すべてがエミリアの死を喜んでいる。


 執行人は転がったエミリアの首を持ち上げると観客達に見せつける。エミリアの首は無残としか言えないような死相を観客達に見せつけている。


「はははは、売国奴めざまぁみろ!!」

「偉そうにしやがってよ」


 興奮の坩堝にいる観客達の様子が変わったのはそれからすぐのことである。


「お、おい……あの女の目、動かなかったか?」


 一人の男のその言葉に観客達の興奮は一気に冷めていく。


「あ、ああ……俺もそう見えた」

「バカ言うなよ。死んだ人間の目が動くはずが」


 ギョロリ……


「ひぃ!!」

「動いたぞ!!」

「な、なんだ。この女は!?」


 観客達の中から発せられる恐怖の声に閲覧席で見ていた貴族達も訝しがった。


「なんだ?」

「どうした?」

「様子がおかしいぞ?」


 そのような声が次々と発せられていく。


 そして、次に異変が起こった。エミリアの頭部から黒い靄が発せられると体と繋がったのだ。


「ぐわぁぁぁぁぁぁ!!」


 次いでエミリアの頭部を持ち上げていた執行人から叫び声が上がった。エミリアの頭部から発せられた黒い靄が執行人を覆い始めたのだ。


「ひぃぃぃぃぃ!! 止めろ!! 止めてくれぇぇぇぇぇ!!」


 執行人は黒い靄を払おうとするがそれはまったくの無意味であった。徐々に覆われていく執行人を全員が呆然とみていた。


「ふふふ、ははははははははは!!」


 そこに今度は少女の嗤い声がその場にいる全員の耳を打った。たった今絶命したはずのエミリアが立ち上がったのだ。


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