第22話

「ただいま戻りましたーっ」


 悠斗とルティが屋敷に戻ってきたのは翌日のこと。

 真っ先に屋敷の奥から壁を突き抜けやってきたのはキャロルである。

 だが彼女が玄関へとやってくると、そこに立つ二人を見て項垂れた。

 もしかすると姉が居るかもしれない。そう思ったのだろう。


 そんな彼女に悠斗はタブレットを差し出した。


「居ますよ。ここに」


 画面に映っているのはDLフォルダ。日本語で書かれた文字は彼女には読めない。

 だが――分かるのだろうか。キャロルはひとつのファイルに触れ、そして涙を浮かべた。


「姉さん……フィリネ姉さん」

「分かるんですか?」


 涙ぐむ彼女に、悠斗はやんわりと声を掛ける。

 頷く彼女の顔には笑顔があった。


「連れ帰ってくださったのですね。ありがとうございますユウト様」


 そう言ってキャロルは悠斗の胸に飛び込んだ。もちろんすり抜ける。そして後ろに立っていたルティが鬼の形相でそれを見ていた。

 目が合うと、キャロルはにまぁっと笑みを浮かべる。分かってやっているのだ、このメイドは。


 さて、どうやって彷徨う幽霊たちをタブレットに収納出来たのか。

 出来たのだから出来たのだ。

 

 物は試しとばかり、彼らにはタブレットに触れてもらうと、すんなり中へと入っていった。

 そうして全員をDLフォルダに入れたまま屋敷まで空間転移で戻ってきたのだ。

 あとはここから出すだけ。


 間違って自分にインストールしないよう、悠斗は慎重にアイテムフォルダへと移していく。そして自分の手をタブレットに差し込み――すると幽霊たちがぞろぞろと出てくるのだ。

 その様子を後ろのルティは視線を逸らしながらも、昨晩程は取り乱すことなく静観している。どうやらアンデッド論で耐えているようだ。


 やがてタブレットからも、そして屋敷中からも幽霊が集まって来て、お互いの再会を喜び合った。


「アーディンさん。旦那様は?」

「やぁバスチャン。それがね、死んですぐに成仏されたんだ。ご家族一緒だったからね、安心して逝けたのだろう」

「あぁ、それはよかった。あの方はあまり深く悩まない方でしたから、もしかしてとは思ってはいたのです。ははは」

「そうですね。ははは」


 なんだか軽い感じで笑い合うアーディンとバスチャンに釣られ、周囲からも笑顔が浮かぶ。

 家臣を置いてさっさと成仏した主人なのだぞ? それでいいのか?


 ようやく再会できた友人らの無事|(?)を確認した幽霊が数人、すぅっと消えていくのが見える。

 成仏の時なのだろう。

 彼らは悠斗と、そして怯えるルティにお礼を言い旅立って行った。


「ユウトさま、本当にありがとうございます。こうして姉と再会できたのも、全てあなたのおかげです」

「妹に脅され私たちを探しに来てくださり、ありがとうございます」

「もう姉さんったらぁ。脅してないわよぉ」

「ふふふ。半透明の姿ですがれば、脅しと同じことでしょう」

「おほほほほ」

「うふふふふ」


 姉妹たちの周囲にどす黒い何かが見える気がする。

 それはさておき、幾人かは成仏したが、まだ残っている者も居る。

 キャロル&フィリネ姉妹。バスチャン、アーディン。他にも数名のメイドと庭師が残っていた。

 彼らはいつ成仏するのか。その瞬間を刻一刻と待ちわびるルティ。

 そんな彼女の願いは空しく、キャロルはとんでもないことを口にした。


「あ、成仏しません。心残りが出来たので」


 ――と。


 驚く悠斗。

 そして泣き出すルティ。

 

 いったいぜんたい、どういうことなのか。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「お世話をする必要がございます」

「必要ない! 私たちは自分で自分の面倒ぐらい見れる!」

「妹がこう申していますし、この子が残るなら私も残ります」

「誰かの為に料理を作る。久々にお二人のため腕を振るい、この喜びを思い出してしまいまして……もう暫く私めに食事を作らせて頂けませんでしょうか?」

「主亡き後、世話になった方に何もお返しをせず成仏するのは騎士の恥。どうか、しばしの間お仕えさせてください」

「お二人がこの先どうなっていくのか、気になって気になって成仏できません」

「「ねー」」

「他の野菜も育ててみたくて……」


 と、みなそれぞれの理由で成仏したがらない。

 これは困ったどうしよう。

 だが成仏しようとしない彼らにも変化があった。


 幽霊から――本物のアンデッド・ゴーストへの進化だ。

 そのせいでルティの恐怖心は無くなったのだが、二人っきりの旅を邪魔される事に変わりはない。


 だが悪いことばかりではない。


 まずバスチャン。料理名人だ。しかも鑑定スキルを持っている。

 アーディン。男爵家では最強と言われた剣の使い手。

 メイドたち。仕事ができる。


 悪くはない。


 そして極めつけはこれだ!


「屋敷をくれるんですか?」

「はい。ホッテンフラム様も成仏なさっておいでですし、この屋敷を継ぐ方もいらっしゃいません」


 200年間、男爵の弟や妹たち、その一家がやって来ないだろうかとバスチャンたちは待った。

 だが来なかった。これからも来ないだろう。

 こんな地にある屋敷など、継いだところで住めないのだ。だから貰って欲しいと彼らは言う。


「くれると言っても……」

「入りませんでしょうか? それに」


 と、バスチャンは悠斗が持つタブレットを指差す。

 しかし屋敷だ。三階建てのかなり大きな建物だ。そんな物がタブレットに入るだろうか?


 入った。


 外に出て玄関ノブをタブレットにくっつけてみると、するるっと入ったのだ。しかもゴースト込みで。


「ユ、ユウト殿……」

「まさか入るとは……しかもバスチャンたちも一緒に」


 DLフォルダにあったのは、【ゴーストハウス】という、なんとも不気味なファイルだった。

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