第21話

 まるでクレーターのように干上がった湖には、どんどこどこどことマグ泥ドンが湧いてくる。

 それをルティは顔色ひとつ変えず、氷柱や吹雪の魔法で瞬殺していった。


「あー、こんな所に泥の塊落ちてるー」


 まったく活躍の場を与えて貰えない悠斗は、いじけて砕け散ったマグ泥ドンの塊に近づく。

 だがふと思いとどまった。

 地球に住んで居た頃見た、火山噴火系の映画を思い出したからだ。

 安易に近づいて、ぽんっとひび割れた石から溶岩が水鉄砲のように飛び出してくる――そんなシーンもあったからだ。

 だが同時に興味も湧いてきた。


「これ……収納できないだろうか……」


 そう思ったら試したくなるもの。

 ルティがせっせとマグ泥ドンたちを駆逐している間に、悠斗はタブレットを取り出していた。そして画面に泥を押し当てる。


 溶けたらどうする?


 そんな事は考えなかったようだ。

 そもそも神様が作った物なのだ。溶岩に触れただけで溶けるような、ゴミアイテムではないだろう。


 そして悠斗の拳大の泥は、幾何学模様の光となってタブレットに吸い込まれた!

 有名新作ゲームの発売日当日の行列にならんで、ようやくソフトを手に入れた若者のように、にんまり笑みを浮かべでタブレットを覗き込む。

 あったのは【冷やされた溶岩の塊】だった。

 プロパティでは【注意!中はどろどろの溶岩】と書かれている。


 これをインストール出来ないだろうか。もちろん自分に。

 そうすれば溶岩の塊をラジコン操作して攻撃スキルとして使える。

 そして出来た!


「はっはっは! 俺も攻撃手段を手に入れたぞ!」


 大喜びでルティの隣に並ぶと、早速インストールした【冷やされた溶岩の塊】を使う。

 内心でファイル名書き換えればよかったと後悔し、打ちだした塊がマグ泥ドンにクリーンヒットしたあと膝を着く。

 溶岩に溶岩をぶつけても、勢いを増すだけで意味がない。


 そう気づいたのは、マグ泥ドンが元気になったからだった。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 男爵一行の捜索を開始して一日が終了した。

 悠斗は新しく二つ・・のスキルをゲットしたが、どちらも同じ効果の物だ。

 単純にファイル名そのままでインストールしたものと、ファイル名を『溶岩球マグマ・ストーン』に変更してインストールした物の違いだ。

 そして予想外なのは、ラジコンコントロールが効かないということ。というより、何かにぶつかると壊れてしまうので一発限りの消耗品スキルだった。

 それでも中身は溶岩だ。相手が同じ溶岩でない限り、強力なスキルだろう。


 そして他にも使い道はある。


 溶岩。熱い。燃える。

 温泉が無くても、川の水をせき止めその中に突っ込めば沸かせる! 水の成分がどう変化するかは、タブレットに汲み入れ調べればいい。

 人工温泉も夢じゃない!?


 そんな欲望まみれの思考だが、悠斗だって捜索をサボっていた訳ではない。

 ルティがどっかんどっかん破壊工作をする間、男爵一行を呼びまわったりもしていた。

 だが反応は無かった。


 マグ泥ドンが湧いていたため、本日は元湖の周辺の3割程度しか捜索できていない。

 明日はもう少し捜査範囲が広がるといいなぁっと考えながらの就寝。

 

 その翌日。結界魔法の外には――何もいなかった。


「ルティ……マグロ丼を絶滅させたとか?」

「マグ泥ドンだ。あれは溶岩がある限り絶滅などしない。燃え滾る脳みそでようやく無駄だと気づいたのだろう。さ、ユウト殿。朝食にしよう」


 やはり彼女を怒らせてはいけないと、再び思い知るのだった。


 さて、捜索二日目。

 マグ泥ドンが居なくなったことで捜索は捗った。といっても、ただ名前を叫ぶだけである。

 悠斗はキャロルから預かった男爵の家紋が彫刻されたブローチを時折掲げ、そして叫んだ。


「ホッテンフラム男爵ぅー! 奥様ーっ。どなたかいらっしゃいませんかー?」


 ルティは辺りをキョロキョロし、精霊使いには見える、この世ならざる者を探した。若干ぷるぷる震えつつ。

 悠斗の横から片時も離れようとしない彼女が小さな悲鳴を上げたのは夜の事。

 食事の準備をしようと焚火に火を点けたところで何者かの気配を察知。そして叫んだ。


「ふえぇっ。お、お化けぇーっ」


 むぎゅーっと悠斗へ抱き着き、彼の胸に顔をぐりぐり押し当てる。

 光景としては嬉しいのだが、それ以上にアバラが痛む。

 彼女を宥めるように肩をぽんぽんと優しく叩き、そして悠斗は囁いた。


「あれはお化けじゃない。アンデッドモンスターだ」


 ――と。

 すると途端にケロっとして顔を上げるルティ。そして悠斗と至近距離だたと気づいて顔真っ赤。

 実に分かりやすい反応に、悠斗も思わず笑みが零れる。


「あのぉー……よろしいでしょうか?」


 ぼうっと浮かぶように現れた人影は、どこか遠慮がちに声を掛けてくる。

 イチャイチャぶりを見せられ、若干呆れているようにも見えた。

 二人は咳払いをして少しだけ互いの距離を取り、それから悠斗は人影に向き直った。


「す、すみません。えぇっと、男爵ご一行の方ですか?」


 ぼうっと浮かび上がった人影は、声を掛けられたことでその姿をはっきりとさせた。

 人影はひとりではなく、複数いたようだ。

 キャロルらと同じメイド服を着た女性や、軽装備だが、どこか品のある出立の男性、召使いといった風貌の者たちと、総勢十数名だ。

 だが見るからに男爵っぽい男やその婦人、子供の幽霊といった者は居ない。


「確かに私どもはホッテンフラム男爵に仕える者です。私の名はアーディン。あなた様が持つそのペンダントをどこで?」


 軽装備の男が一歩前に出て尋ねてくる。

 悠斗は彼らに屋敷での事を語って聞かせた。

 話を聞きながら、彼らはひとり、またひとりと涙を浮かべていく。特にキャロルという名が出たとき、ひとりのメイドからは嗚咽に似た声まで上がっていた。

 その姿を見て、直ぐに彼女がキャロルの姉だろうと悠斗は察する。

 似ているのだ。力なく崩れ落ち、大粒の涙を流す彼女と、そして姉を案じていたキャロルとが。


 一通り話が終わると、アーディンがふぅっと重たく溜息を吐き、それから一同を見渡した。


「ここに居る者が全員です。我々もみな、屋敷の者たちの事が心配で成仏できず、さりとてこの近辺から離れられずに彷徨っておりました」

「あぁ、地縛霊になったんですね。それは仕方ないでしょう。ところで男爵一家は?」


 屋敷の者が心配していたのは、召使い仲間もそうだが男爵一家を想って成仏しきれていないのだ。その肝心の男爵一家が見当たらない。

 悠斗の問いにアーディンは、それまで真剣だった顔を崩してへらっと笑みを浮かべた。


「成仏なさいました。200年前のあの時、割とすぐに」

「え……」

「ご家族一緒でしたから、思い残すこともあまりなかったのでしょう。何人かの家臣は一緒に成仏しているのですよ」


 いやぁ、おかげで自分たちものんびり彷徨えましたはっはっは。と笑い話にしている。

 随分と明るい幽霊たちだ。


 しかし二日目にして発見できたのは嬉しい限り。

 明日にはみんなで屋敷へ帰ろう。そういう話になったときだ。それまで悠斗の後ろに隠れてガクブルしていたルティが、


「ここから離れないのに、どうやって屋敷まで連れ帰る?」


 ――と、一同を青ざめさせるのに十分な一言を投げかけた。

 そして一斉に視線を向けられ、ルティは小さな悲鳴を上げて悠斗の背中にしがみつく。

 

 むぎゅりと、なんとも言えない感触を背中に感じつつ、悠斗は頭を抱えるのだった。

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