第19話
これをお持ちください、あれもお持ちくださいと、キャロルやほかのメイドたち。そしてバスチャンから剣や防具の類をぐいぐい押し付けられた二人は、それらをタブレットに入れ出立した。
思えばタブレットにそれらを収納するたび、彼らはやんやと面白がって見ていたのだが、どうやらそれ見たさに押し付けただけのようだ。
庭師の幽霊に案内され、屋敷から300メートルほどの所まで来た。この辺りはまるで屋敷を取り囲むようにして、地面が僅かに盛り上がっている。溶岩が固まって出来た物だろう。
「あっしはここまでしか行けません。なんせここで死んだので」
「あ……はい。すみません、ありがとうございます」
「いえ。どうぞお気を付けください。この辺りをうろうろしていると、魔物ともよく遭遇するんで。いやー、生きてたらあっさり食われてるところなんでしょうけどねぇ」
庭師はケタケタと笑って、ここで死んだことなど気にしていないようだ。寧ろ魔物に遭遇しても軽くスルーされることで、俺tueeeと勘違いできて楽しいのだという。
どうやら男爵家の幽霊たちは、かなりポジティブ思考のようだ。
さて、地図を頼りに湖のあった場所まで到着したのは夕方前。
溶岩が固まった大地は起伏にとび過ぎて、予想以上に歩くのに時間が掛かった。
今日は捜索を行わず、テントを張って野宿の準備をする。
「そういえばルティの魔法で屋敷まで戻るという手もあるんじゃ?」
明日はここから捜索を開始すればいい。そうすれば毎晩ふかふかのベッドで眠れる。
「あの魔法は記憶にある場所をしっかりイメージして転移する魔法だ。ここの景色を記憶しようにも……なんというか、どこを見ても凸凹しているだけで曖昧なイメージを浮かべてしまいそうなのだ」
「あぁ……言われてみればそうかも」
辺りを見渡しても、マーブル模様にも似た幾何学な形は記憶しづらい。そのうえ適当なイメージで飛べば、地面にめり込んだりして命の危険もあるという。
同じような意味でも森の中や砂漠、どこまでも続く草原などは危険なのだと。
「万能って訳じゃないんだね」
「その通りだ。力を過信すれば、いつか痛い目を見る」
屋敷を出る際に貰った薪にルティが火を点ける。その向かい側では悠斗がDLフォルダに入ったバスチャンの料理をアイテムフォルダにインストールし、溢さないよう慎重に取り出していた。
簡素なテーブルと椅子まで屋敷から頂き、優雅なディナーの始まりだ。
ルティは真剣な面持ちで悠斗へと問う。
「そこで、だ。ユウト殿。君のあの……体から出てくる剣だが。あれはスキルのようだが、どういった術なんだい? 私も大抵の魔法は習得しているが、あんな物は見たことがない」
「あー……俺の剣ね」
うっかりそう口にしてしまったものだから、彼の右手から剣がにょっきする。そして溜息を吐く悠斗。
この剣。「俺の剣」と口にすると所かまわず出てくる。そして「必要ないな」と思えば勝手に消える。今もすぐに消滅し、何事もなく悠斗は料理に手を伸ばしている。
「スキルというのはどんな物でも一定量の精神力を消費する」
「精神力? 魔力じゃなくって?」
「違う違う。魔力は魔法の効果範囲や威力に関係したり、使えるか使えないかに影響するものだ。精神力というのは、魔法を使った際に消費するもの。これが枯渇すると気を失うし、最悪死ぬこともある」
「INTとMPの違いか」
「ん?」
「いや、なんでもない」
INT。MP。どちらもゲーム用語だ。だがそれで悠斗は納得できる。
そしてMPはアイテムや時間の経過で回復するように、この世界の精神力もそうなのだと言う。
ルティが心配しているのは、『俺の剣』でどのくらいの精神力を消耗しているかという事だ。
同時に複数を操作するという術は消耗が激しい。その事を分かって使っているのか。そうでなければ理解する必要がある、と。
「まったく気にしたことが無かった。スキルを使っても特に疲れたりとかもないから」
「ふむ。魔力強化の無限持ちだからな。当然あのスキルは精神力増幅にも貢献している。だが精神力無限が無い限り、どこかに限界はある。ましてユウト殿はこの世界に転移して……えぇっと、どのくらい?」
こてんと首を傾げる仕草のルティ可愛い。
そんな事を思ったかどうかは置いとくとして、悠斗は彼女と出会った当日にこの時代へと転移したのだと話す。
その前はあのオークとの死闘を繰り広げた日になるのだが、その時には無限が付いていなかった。
「とすると、スキルの恩恵はまだそうでもないな」
「その事なんだけどルティ。強化スキルってうのは、貰った時に爆上げされる効果なのかい? それとも成長要素?」
「後者だ。スキル発生後、徐々に該当する能力が上がりやすくなる。もちろんスキルが無くても努力次第で上がるぞ。微々たるものだがな」
という事はだ。悠斗の魔力が最初は10だったとして、それが少しづつ上昇しているということだ。
それに伴って精神力も増えるのだが、この世界に転移してきてまだひと月にも満たない。
精神力が溢れ返るほどにあるとは思えなかった。
「どうせだ。スキルをじゃんじゃん使って、今のうちに限界を知っておくといい」
「それもそうだね。戦闘中に使い過ぎて倒れたら大変だ」
「んむ。その時はもちろん私が全力でユウト殿を守ってやるぞ」
「ありがとう。でも女の子に守られるのは、男としてちょっと情けないしなぁ」
「だ、誰が、誰が女の子だって!?」
どうやらルティは、未だ男の振りをしているらしい。
一度はバレているのだし、ツッコミまでされただろう。
だが彼女は無かったことにしようとしている。
無理だ。
異世界初めての温泉で、おっぱいを確認しているのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「"俺の剣"×10」
「どう? 眩暈とかは?」
「うーん、特に無いなぁ」
悠斗の周囲に浮かぶ『俺の剣』十本。何本出せば疲れるか、そんな実験を行っている。
特に変化が見られないので、更に追加で十本出してみるが、特に気怠さや眩暈は起こらなかった。
更に追加で十本――ここに来て悠斗は僅かな変化に気づく。
「来た」
「な、何が?」
自らの手を見つめ、悠斗は僅かにそこから零れ出る何かを感じた。
剣がにゅうっと飛び出るのに合わせ、自分の中から何かが吸い上げられているような、そんな感じだ。
そして僅かな気怠さ。
「ふむ。では二本ずつ追加してくれるか?」
「分かった。"俺の剣""俺の剣"」
合計三十二本になった。だが悠斗の気怠さはさほど変化がない。
ペースダウンさせながらも、二本召喚を重ね、遂に眩暈が起きたのは五十本を超えてから。
そこから五十本を操作しようとしたが――
「よし、止めよう。ユウト殿、もういいぞ。ゆっくり休もう今すぐ休もう」
――と、ルティが心配してドクターストップがかかる始末。
それから彼女がくれたポーションを飲み、眩暈はいっきに回復。
「これ、精神力を回復するタイプ?」
「うむ。少しは良くなったか?」
「あぁ。眩暈は収まった。まだ少し気怠さは残っているけど――体を動かすのに支障はない様だ」
そう言って悠斗はジャンプし、その場駆け足を始める。
「ポーションを飲んで回復するなら、あまり気にしなくてもいいような気もするけど。もちろん飲むタイミングを知るために、今回の実験は必要不可欠だったけどね」
「いや、そうでもない。傷を治療する効果のあるライフポーションに比べ、精神力を回復させるエナジーポーションは高価なんだ。今の1本でも500エルンするんだぞ」
「げっ。そんなに?」
500エルンと言えば、日本円にして5万円ぐらい。なかなか安易に買える金額ではないな。
その上ポーションの需要に対して供給も追いついていない。大きな町に行って数本売られているかどうかしかないのだ。
「そんな貴重な物を俺の為に……ごめんルティ。今度買って返すから」
「い、いや別にいいの。ユウト殿に無理にスキル実験させたのは私なのだから。それにあと3本持ってるし。正直私は使う事ないから」
エルフは種族として、魔力も精神力も高い。
ルティは幼少の頃から魔法を学んでいたので、ただ森で暮らすエルフと比べてもかなり高いのだとドヤ顔で説明した。
「寧ろユウト殿がこれを持っているといい」
そう言って彼女は小さな小銭入れからにゅるっと小瓶を取り出した。
先ほど悠斗に飲ませたエナジーポーションである。
ライフポーションと違い、こちらは小さな三角フラスコのような形をした小瓶だ。中にはブルーハワイのシロップ液のような物が入っていた。
「持っていろって……こんな貴重な物を……ん? 待てよ」
『俺の剣』こと【輪廻の女神によって創造された絶対に折れない刃こぼれしない鋼の剣】は一本だった。
インストール先を間違ったのだが、スキルとなって剣は何本も出現させる事ができる。それこそ悠斗の精神力が高くなれば百も夢じゃないかもしれない。
じゃあポーションはどうだろう?
試すのは簡単だ。彼は既に『ライフポーション』のスキルがあるから。
インストールしたのは1本だけ。そして残り9本はアイテムフォルダの中だ。
スキルを使ってファイルが減るのか、それともスキルを一度使うと終わってしまうのか。それとも……。
「"ライフポーション"」
「ん? どこか怪我でもしたのか?」
と心配してルティが覗き込んできたが、彼女は悠斗のやろうとしていたことに気づく。
彼の右手から現れたのは確かにライフポーションだ。そして彼の手の動きに合わせてポーンっと飛んで行き、地面に当たって割れた。
さて、アイテムフォルダの中はどうだろう?
「減ってない……じゃあ続けてスキルを。"ライフポーション"」
僅かに何かが吸い出されるような感覚。そして手の平から浮かび上がる小瓶。
フォルダ内のポーションファイルは減らない。スキルの連続使用可能。
つまり……。
「俺自身にインストールすれば、ポーションを無限増殖できる?」
やだなにそのチート。反則よ!
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