第18話
「幽霊怖いから一緒の部屋で寝かせて」
枕をぎゅっと抱きしめ唇を尖らせ、上目使いでそう訴えてくるルティを、どうして拒めようか。
そう言って悠斗の部屋を訪ねてきたルティを、彼は自身のベッドへと招き入れた。
そして――。
「いやぁ、清々しい朝だなユウト殿」
「……あー……そうだね」
翌朝。ベッドの上で伸びをする彼女を、
まるで何事も無かったかのように、彼女は元気よく起き上がった。
そう。何事もなかったのだ。
昨夜、えぐえぐと泣きながらやって来たルティは、悠斗のベッドに潜り込むなり秒で寝た。相変わらず寝つきは良い。悲しいまでに良い。
ちょっとだけ期待してしまった悠斗はその場で棒立ちに。
わりと堂々と覗き見していたメイドたちが、真っ白に燃え尽きたような姿の悠斗に同情し、彼女らは執事長のバスチャンに報告。そしてバスチャンは他の男性幽霊と共に、悠斗のためソファーを運んできてくれた。
そんな事で二人の間には何も無かった。何も……。
「おめざめでしょうか?」
扉の向こうでそう男性の声がする。執事長のバスチャンだ。
彼はメイドたちとは違い、無断で覗き込んだりはしない。さすがは執事長だ。
「起きています」
「では朝食の支度をいたしますので、食堂のほうへいらしてください」
「分かりました。ありがとうございますバスチャンさん」
「バスチャンで結構でございますよ。では」
その返事のあと、彼の声は聞こえなくなった。
続いてルティが「着替えてくる」と部屋を出ていく。その時のルティは昨夜の狼狽ぶりはどこへやらと言った様子で、いつものエセ紳士然とした態度に戻っていた。
一晩のうちに皮が剥けたのだろうか。
悠斗も着替えを終え廊下へと出ると、少ししてルティも隣の部屋から出てきた。
「ルティ。もう怖くないのかい?」
「ん? 怖い? 何がだ?」
「……幽霊が」
「そんなものは居ない」
即答しやがった。
ルティはここで見たものを無かったことにしようとしている? だが現実には無理だ。ここで見た者たちは、これからも見るのだから。
例えばそう、前方の壁からにょっきしているメイドなど。
悠斗がメイドを指差すと、ルティは「ふっ」と鼻で笑う。
いったい彼女の身に何が起きたのか。
「ユウト殿。あれは幽霊などではない。そもそも幽霊など存在しない」
「じゃああれは?」
「あれはアンデッドだ! 魔物だ! アンデッドとは不死なる魔物の総称であるが、細分化させるとアレはゴーストという魔物だ!」
「ゴーストも幽霊なんじゃ」
「違う! 断じて違う!!」
どうやら幽霊と魔物は別物で、魔物であればアンデッドだろうと怖くない。そう言いたいようだ。
そして魔物なら怖くないから、この屋敷の住人たちをアンデッドだと思い込みたいらしい。
そんな涙ぐましいルティの努力を、悠斗はしっかり受け止めてやることにした。
「うん……アンデッドだね」
そうして二人は食堂へとやって来ると、そこには豪華すぎるご馳走の数々が。
「す、すごいご馳走ですね……」
「誰が食べるのだこの量を」
二人は絶句する。
焼き立てのパンはロールパンにフランスパン、調理パンも何種類かある。スープも野菜スープとコーンスープ、パンプキンスープの三種類。
サラダ、ハムエッグにスクランブルエッグ。厚切りベーコン、ステーキ!
そして十人は座れるであろうテーブルの中央にはフルーツ盛りまである。
「昨晩は久方ぶりのお客様でしたのに、たいしたおもてなしもご用意いたしませんでして……せめて今朝はと、腕を振るってみました」
そう言ってティーポットを手にして出てきたのはバスチャン執事長。
テーブルにならぶ料理は、どうやら彼が作ったようだ。
バシチャンが現れてもルティは狼狽えることなく平静を保っている。その姿に悠斗はちょっぴり残念にも思った。
「こんなに食べるのは無理だな……でもせっかく作ってくださっているし」
残すのは勿体ない。残せば勿体ないお化けが出る。
「なら銀板に入れればよいのでは?」
「タブレット? そうか。DLしたままなら保存が利く。今なら暖かい状態を保ったまま、持ち運べるかもしれない」
さっそく料理をDLするためタブレットを――
「い、いいよね、取り出して」
「ん。ここに居るのは私とアンデッドだけだ。アンデッドに見られて困ることもない」
ということで安心してタブレットを取り出す。
突然悠斗の手元に現れた銀の板を見て、メイドや執事長が不思議そうに見た。
「えっと……これはアイテムボックスみたいなものなんです」
「ほぉ」「へぇ」「まぁ」
「せっかくなので、この中に料理を入れようと思いまして」
「なんと」「入るの?」「溢しませんかね?」
溢すというのは考えていなかった。
では蓋をしてみてはどうかというバスチャンの意見で、スープは小さな鍋ごと蓋をして入れてみることにした。
試したところ、取り出す際に気を付ければ大丈夫だと判明。
パンは清潔なテーブルナプキンで包んでDL。ステーキもグラタン皿のような物に移し替え、蓋をして貰った。
「捜索中もこれで暖かいご飯が食べれます。ありがとうございました」
「いえいえ。正直作り過ぎなのは分かっていたのですが、久しぶりでしたので嬉しくてつい……数日は捜索をしていただけるという事でしたが、足りますか?」
悠斗は考え、今ので明日の昼までは持つぐらいだろうと判断。
それを聞いたバスチャンは喜んで、再び厨房へと戻っていった。
それから二人はのんびり食事を楽しみ、それからタブレットで地図の確認。
「キャロルさん。湖ですが、やっぱり今は無いみたいですね。地図にそれっぽい物がありませんから」
「そうなのですか……やはり蒸発してしまったのでしょうね」
「だと思います。ですのでご存知の方が居れば、詳しい場所をこの地図で教えて頂きたいのですが」
「私も分かりますので、地図を見せて貰っていいですか?」
その地図というのが銀板に映し出されているのを見て、キャロルは驚いた。
アイテムボックスの存在は彼女も知っていたが、現物は見たことがない。だが地図機能があるとは聞いた事すらなかった。
「このアイテムボックス。特殊なものなんですか?」
悠斗の腕の間からタブレットを覗き込むキャロル。
「あの……テーブルから首だけ出すの……止めませんか?」
「私としたことが……つい癖というか、すり抜ける方が便利でして」
テーブルに立てかけたタブレットを覗くため、一番楽な場所――テーブルから首だけ出すというスタイルで覗き込んでいたキャロルは、にゅーっと出てきて悠斗の後ろに立つ。
そして彼と頬が触れるか触れないかの距離まで近づいてタブレットを覗き込んだ。
が、これにはルティが抗議する。
「ち、近いぞメイド!」
「あら? ですが地図をよく見てみませんと」
「だ、だからってユウト殿にくっつき過ぎっ」
ビシィーっとキャロルを指差し、ルティは焦った様子で抗議する。その顔はもちろん真っ赤だ。
「あら? あらららぁ?」
何かを察したのか、キャロルは口元を隠す仕草でニヤりと笑みを浮かべる。
「な、なにを笑っている!?」
「笑っておりませんが」
瞬時に無表情となったキャロルは、何事も無かったかのように湖の位置を説明した。
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