第15話
温泉然り、食然り。
悠斗の知る日本でのこれらと異世界のこれらの違いを、改めて知ることとなったここ数日間。
諦めて良いものなのか。いや悪いでしょ!
「だってこの世界にも温泉はあるんだよ」
「うむ。あるな」
「海だって……あるよね?」
「当たり前だ!」
なら海鮮丼も夢じゃない。ましてお米だって実在しているのだ。ただスープと具材を合わせて煮込まず、お米と水だけで炊けばいい。そんなに難しい話ではない。
ルティの空間転移魔法があれば、温泉から町への移動は簡単だ。
温泉に浸かって癒された後、町へ飛んで宿をとる。そこで美味しい物を食べ、次の温泉地を模索。もちろん海沿いの町で海鮮丼作りも忘れちゃいない。
「あぁ。自分のやりたいことを計画し、それを実行に移せるって……凄いなぁ、俺」
「ユウト殿は計画を実行したことは無かったの?」
「無かったというか、それをする時間が無くてね。ずっと働きづめだったからさ」
ゴールデンウィーク? お盆? 年末年始?
ナニソレオイシイノ?
そんなブラック企業だったから、旅行なんかに行ける訳もなく。会社近くの店でそれなりに美味しい物は食べていたはずだが、食事中も仕事のことを考えていては美味しいと感じることも出来ず。
10年間、無駄な時間を過ごしたなと悠斗は本気で思う。
だが今はどうだ。
何をやりたいか自分で考え、決めることができる。もちろんルティが快くついて来てくれるというのもあるが。
そして決めた事を実行する事もできるのだ。これほど嬉しい事は無い。
しかも無駄にした10年間は、お釣りが少し出る程若返っている。
これはもう、異世界デビューするしかないでしょう!
悠斗はタブレットを取り出し、温泉マップを呼び出した。
世界地図ではなく、この大陸だけをピックアップしている。
「絶景を見ながら温泉にって考えると、やっぱり山奥の大自然に囲まれた秘湯なんだろうなぁ」
「そもそも温泉が湧き出る場所は未開拓だからな。どこに行っても大自然に囲まれているだろう。あと魔物とかにも」
「……魔物、か……避けては通れなさそうだね」
「温泉に限らず、この世界で旅をしようとするなら避けられないだろう」
そういう世界なのだから、とルティは〆る。
「さて、次に向かう温泉を決めようか。ここから一番近いのは……これは森かな? それとも山?」
タブレットの地図を指差しルティに尋ねると、傾斜が緩やかな低い山だという事だった。
しかも比較的新しい温泉で、200年ほど前に出来ている。
「私もビックリしたよ。実際に見たわけではないが、突然地面から溶岩が吹き出し、そうして出来たのがこの山なのだ。幸いにも大きな噴火ではなく、直ぐに火山活動は収まったという」
「へぇ。そういう事もあるもんなんだねぇ」
「まぁこの一帯に人が住んで居なかったのが、不幸中の幸いなのだろうな」
新しい温泉。効能はどんなものなのか気になる。
その為にもまずは実際に行ってみて、温泉水を汲んでタブレットにDLしなくてはならない。
「じゃあ明日は準備して、さっそく出発しよう」
「ふふ。お肌すべすべだといいなぁ」
うっとりとした表情で、ルティの心は既に温泉へと飛んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、食料を仕入れていざ出発。
ルティの空間魔法で飛んだ先は、地図で言うと温泉から南に80キロほどの所にある街道脇。ここからは徒歩での移動となる。
「帰りはルティの魔法で一瞬だから、復路分の食料まで用意しなくて済むのはいいね」
「ふふふ。役に立つだろう。崇めてもよいのだぞ?」
悪戯っぽく笑うルティに、悠斗は両手を上げ、そのままの姿勢でお辞儀をする。
「へへぇ。ありがとうございますルティ様」
「ちょ、いや、本気で崇めなくてもいいからっ」
顔を真っ赤にさせ狼狽え始めるルティを見て、これまた悠斗は笑みを浮かべて見ていた。
あわあわと狼狽える彼女の姿が可愛くて、つい虐めたくなるのだ。
そんな悠斗を知ってか、ルティは唇を尖らせ前を歩きだす。
「も、もうっ。行くぞっ」
小柄なルティが早歩きをしたところで、悠斗が追いつくのは容易なこと。ゆるゆると追いつくと、彼女の横に並んで歩き出す。
「復路の食事代が浮くとはいえ、宿に泊まればお金は消えるし、美味しい物を食べてもそうだ。いつまでもお金が持つわけではないし、どこかでお金を稼がなきゃな。ルティは今までどうしてきたんだい?」
「まぁ簡単なところだと、薬草を採取しておいて、薬師の所で売るとかかなぁ。あとは魔物から取れる素材を売ったり」
「あぁ、やっぱりそうなるよね。」
「大物を仕留めれば一獲千金も夢見れるが、そもそも私は大金を必要としない」
それにエルフの一人旅だ。森の中ならば野宿も苦にはならない。食も人族に比べると細いので、食費もそれほど掛からないのだ。
必死にお金を稼ぐ必要性が無かった。
「そっか。まぁ俺とルティだけなら、そう必死になる事もないのかな」
「わ、私とユウト殿だけ……そ、そうだな。食べていけるだけのお金があれば十分だろう。ほ、ほら、温泉地に行けば魔物だって居る。獲物のほうからおのずとやって来るではないか」
と、何故か声が上ずっている。
木々の生い茂る森を歩く二人の前には、そんな二人の路銀となる獲物が立ちはだかる。
『ゲッギャギャ』
『ギィギィッ』
緑色の肌をした小人。どうみてもゴブリンです。
「"俺の剣"」
にゅるっと右の掌から剣が現れると、悠斗の手の動きに合わせて飛んで行った。
ゴブリンの数は10匹あまり。だが出した『俺の剣』は一本だけだった。
「あれってゴブリンって言う?」
「おぉ。さすがユウト殿。よく知っているな。ではあれが雑魚だということも?」
「うん。そうだと思った」
どこの世界でもゴブリンは雑魚扱い。そんな彼らに熱いエールを送って欲しい。
ただ既に絶命しているが。
「あれはどこを捌いても売れないよね」
「あれを食おうというのかユウト殿は!? 私は嫌っ。絶対嫌っ」
「俺だって嫌だよ。いやでも、お金にならないんじゃ倒しても無駄かなぁって思って」
「あぁそういう事か。大丈夫だ。あいつらは光る物が好きでね。鉱石類と持ち歩く奴がいるんだ。だいたいグループのリーダー格なんだけど……ほら、あった」
ルティは転がるゴブリンの死体から小さな巾着を取り上げると、その中身を掌に乗せ見せた。
ころんっと出てきたのは赤い物が混じった石だ。何の石か分からないときはタブレット先生にお願いしよう。
DLし確認したプロパティには、ルビーを含んだ鉱石だというのが分かった。
「こいつは小さいが、二つもあれば一泊分の値段ぐらいにはなるだろう」
「へぇ。ゴブリンって宝石好きだったのか」
「奴らに宝石の美しさが理解できるのか謎ではあるがな」
その後もゴブリンは幾度となく襲ってきた。こいつらは馬鹿なのか、一つ目ルナティックらのように、恐れることを知らない。知らないから何度でも襲ってくる。そして返り討ちにされ、鉱石を二人に献上し続けていた。
そんなゴブリンも二日目の野宿を終えるころにようやく理解したようだ。
二人を襲い続けると、この森に住むゴブリンが全滅すると。そして襲うことを止めたが、この時既に森のゴブリンたちは、その数を半分ほどまでに減らしていた。
「さて三日目だな。お昼前には到着するだろう」
「次の温泉までに必要な軍資金も溜まったな」
ゴブリンから奪った鉱石は、今やその数は50ほどになっている。一つ一つは小さいが、チリも積もればなんとやらだ。
鉱石の一つを取り出しルティが眺めていると、そんな彼女へある疑問が浮かんだ。
「ルティは宝石類を一切身に着けていないようだけど……興味はないのかい?」
「え? いや、そんなことは無いが……。うぅんそうだな。人族と違い、宝石を身に着けて楽しむという感覚があまりないのだ。もちろん綺麗だとは思うが、こうじゃらじゃらと飾り立てるのはどうも……な」
これはエルフに共通している価値観らしい。
もちろんまったく身に着けない訳ではなく、恋人から贈られたりしたものは大事に身に着ける女も居る。また特別な日などにも。
だがいくつも身に着けている者は、やはり見たことがないな――と。
「そっか。わざわざ飾り立てなくても、君たちエルフは美しい種族だもんね」
「う、うつくしっ。ふわぁっ」
あわわあわわと、ルティがまたもや狼狽え始める。それを微笑ましく見つめる悠斗の姿も、すっかり恒例化してきた。
二人はそんなやり取りをしながら森を進み、タブレットの地図ではもう間もなく温泉だという所で――。
「「え?」」
二人は同時に呆けたような声を漏らす。
それまで生い茂る木々に覆われていた森が突然開け、二人の目の前には立派なお屋敷が建っていた。
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