第16話
森の中に突如現れた洋館。廃墟ではなく、今も使われているようだ。
そう思える点は、傷みがほとんど見られない事。窓から見える中の様子も荒れた感じはなく、寧ろ花瓶に飾られた花は生き生きとしているように見える。
「未開拓……だよな?」
「……そのはずなんだが……そもそもここは火山噴火前にも後にも、誰も住まない土地だったはずだ」
だがルティとて世界の全てを見たわけではない。どこかに人知れず生きている者が居ても不思議ではないだろう。
そして目の前にある大きな洋館以外、他に建物は無いようだ。
建物からすると、どこぞの貴族の別荘なのかもしれない。
二人は好奇心に駆られ、洋館の方へふらふらと向かって行った。まるで何かに引き寄せられるかのように。
そうして大きな玄関扉までやってくると、その扉が音もなく、静かに開くではないか。
「ふえぇっ!?」
「うわっと――落ち着いて」
突然の出来事に、ルティは小さな悲鳴を上げ悠斗へと抱きついた。
落ち着けとは言ったものの、内心悠斗もガクブルだ。なんせ開いた扉から誰も出てくる気配が無いのだ。その上扉の向こう側には、見える限り人は居ない。
風で空いた――というのは、あまりにも無理があり過ぎる。
お化け屋敷か?
そう悠斗が思った瞬間――
「いらっしゃいませ」
声がして、すぅっと奥から女性が現れた。
青白い顔の、メイド服を着たそれなりに美しい女性だ。
そのメイドさんが二人を手招きする。
悠斗に抱き着いたルティは、嫌々と首を振って離れようとしない。
「あの、このお屋敷にはどなたかが住んでいるのですか?」
「……はい。今屋敷の主はご一家と一緒に外出しておりますが、どうぞ、気兼ねなくお入りください」
いや、屋敷の主が居ないのにメイドの判断で入れるのはマズいだろ。
そんな風に思ったのだが、何故か「じゃあ入ろうかな」という気になってしまう。
「ユウト殿。ダメだ。その屋敷に入っちゃダメぇ」
「おぅっ」
必死にぐいぐいと悠斗の腕を引っ張るルティ。そのお胸さまの感触によって、彼の動きが止まった。
その瞬間、目の前のメイドから舌打ちが聞こえた。
「ちっ。もうちょっとだったのに」
「ほら見ろユウト! この女は怪しい。絶対怪しい!」
「やっぱりそちらのエルフには分かってしまいますのね。邪魔だわ」
ほぼ無表情なまま、メイドは悪態をつく。
どこからか、ごごごごごごっという地響きが聞こえてきそうな雰囲気の中。
「お、俺たちを屋敷に招き入れ、どうするつもりだったんですかっ」
悠斗は震えるルティを支え、ガクブルしながら必死に叫んだ。
「はい。ちょっとお願いを聞いて頂こうと思いまして。私、この屋敷でメイドをして
「メイドを、しておりました?」
今尚ここに居て、何故過去形?
その答えはキャロル自身の口からもたらされた。
「そちらのエルフの方は気づいていらっしゃるようですが、私、こういう者でして」
そう言ってキャロルは、長いスカートを捲り上げた。
女性の足なんて、見ては失礼だ! と思った悠斗は、だがしかし、見なければよかったと本気で後悔する。
なんせそこには、はなっから足が存在していなかったから。
いや、彼女がスカートを捲った時から、彼女の体は透けて見えるようになっていた。
「ゆ……幽霊!?」
「正解でございます」
チリンチリーンっと、本来は呼び鈴に使われるソレで悠斗を祝うメイドさん。
「もう帰ろうっ。温泉なんていいから帰ろうっ」
涙目のルティ。どうやら怪談話を本気で怖がるタイプのようだ。
だが幽霊がそう簡単に帰してくれるだろうか。
「そう……ですか。お帰りになられますか。あ、お帰りはあちらです。お気を付けください」
帰してくれるようだ。
と思ったら、キャロルは俯き、肩を震わせ始めた。
「あ、あの。キャロルさん?」
「いいんです……さぁ、どうぞお帰りください。分かっていますとも。こんな幽霊な私の願いなど、誰も聞いてくださらないことなんて。えぇ、分かっていますとも。およよよよ」
エプロンの裾で涙を拭う姿に、演技だと分かっていてもやはり同情してしまう。
せめて話だけでも聞いてあげられれば、成仏するのではないだろうか……そう悠斗は考えた。
隣で涙ぐんでいるルティは反対するだろうな。
「ルティ。この人の話を聞いてあげようと思うんだけど……いいかな?」
優しくそう語り掛ければ、ルティは驚いて目を丸くはしたが、小さくこくんと頷いた。
彼女を助けた幼少期のように、そっと頭に手を乗せな出てやると、目をきゅっと閉じ嬉しそうに身を委ねてくる。
ひとしきり撫でてやっていると、キャロルが「こほんっ」と一つ咳払いが。
「あのー。話を聞いてくださるのでしたら、早く中にいらして頂けませんか?」
「あ、ご、ごめんなさい。さ、行こうルティ」
「うぅぅぅ」
威嚇している。せっかくイチャイチャ出来ていたのに邪魔しやがって――と、そんなところだろう。
悠斗は慎重に、ルティは警戒しながら屋敷へと入っていく。
そして二人が屋敷へと入ると、後ろの扉がバンッと音を立てて閉じた。
「ふえぇっ! と、閉じ込められたっ」
「お、俺たちをどうする気ですか!?」
「どうもしません。風で扉が閉まっただけですよ。ぷーくすくす」
そう言ってキャロルは扉を開けるよう悠斗に促す。うん。確かに開け閉め自由だ。あと開けたときに勢いよく風が吹き込んできたのも分かった。
これは恥ずかしい。
二人は顔真っ赤にさせながら、キャロルの後ろを大人しく着いて行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どうぞ」
応接間へと通された二人は、宙に浮くティーポットとティーカップに出迎えられた。
ここまでの移動中にキャロルが用意したものだという。離れた所でもお茶を入れられるとは、なんて優秀な幽霊だろう。
ただそのティーカップは三つあり、彼女もしれーっと飲んでいたりする。メイドが客の前で茶を啜っていいのだろうか?
「そ、それで。お願いというのは?」
「あ、はい。クッキーもございますが、お召し上がりになられますか?」
「じ、じゃあ、お言葉に甘えて」
悠斗が返事をすれば、すぐさまポンっとクッキーを乗せた皿が出現する。
あまり機嫌を損ねて脱出できなくなっても嫌だ。そう思って彼女に合わせて返事をしたのだが……食べても平気なのだろうかと不安になる。
隣ではルティがキャロルを睨んだまま動かない。
「毒は入っておりません。ただ味覚がございませんので、味の保証もできませんが。なんせ私――」
と言って再びスカートをぺろりと捲る。
その仕草に悠斗は思わず手で目を隠した。
「あら。見られて困るものはありませんので、どうぞご堪能ください」
「いや、ご堪能って……。やっぱり女性のスカートの中を覗くなんて、ダメですから」
「……真面目な方なのですね。それでは私も真面目に対応いたしましょう」
つまり今までは不真面目だったと。そういう事か。
ティーカップを下ろすと、キャロルは何故死んだのかと語り始めた。
「今から200年ほど前の事です。そちらのエルフさんはご存知かもしれませんね。突然この地方で起こった火山活動の事を」
「あぁ、それならルティに聞いたよ。すぐに火山活動は収まったんだって?」
彼女は頷き、二か月ほどで活動は休止したと話す。
「当時、ここから北に3時間ほど行った所に湖がありました。その湖のすぐ横からか溶岩が噴出したようでして」
「したよう?」
「はい。私はこの屋敷に居ましたので、詳細は分かりません。ただ噴煙の上がる方角がそうでしたので」
屋敷の窓から上る噴煙を見て、彼女をはじめ、屋敷に残っていたメイドや執事たちは慌てたのだという。
ちょうどその日、朝から屋敷の主である男爵とその一家が湖へと出かけていたからだ。数名の召使たちと共に。
「その中に私の姉、フィリネもいました」
「お姉さんは?」
キャロルは小さく首を振り、「帰ってきません」と短く答えた。
「何人かは噴煙を見てすぐ逃げ出しました。残った者は男爵様とそのご一家が戻ってくるのを待ちました。待って、待って――気づけば周囲を溶岩に取り囲まれ、そして――」
この屋敷はほんの僅かに高く盛り上がった場所に建っていた。それが幸いしてか、屋敷が溶岩に飲み込まれることなく残っている。
だが周囲が溶岩で囲まれてしまっては、もう逃げ出すことも出来ない。表面が固まったと思い脱出した者は、黒く固まった溶岩の上に一歩足を踏み入れた瞬間に火が付いた。
そうして二週間、三週間――屋敷の者はひとり、またひとりと倒れていった。食べる物も無く、餓死したのだ。
「私は友人や先輩らが死んでいくのを見ていました。そして自分がその番になったとき、とても心細かった」
死を恐れたのではなく、ずっと一緒だった姉が傍にいないことに悔やんだ。
あの日の朝、自分はお腹を壊し湖へのピクニックについて行けなかった。無理をしてでもついて行けばよかったと。
どうせ死ぬなら家族と一緒に。そう思いながら息を引き取った。
そんな話を悠斗とルティは涙混じりに聞いていたが、語った方のキャロルはケロっとしている。
200年幽霊をやって悟りでも開いたのだろうか。
「という訳でして。姉――しいてはホッテンフラム男爵様御一行を見つけて頂きたいのです。それが私――いえ、この屋敷に残った者全員の願いですわ」
キャロルがそう言って初めて笑みを浮かべた。
その背後には十数人の半透明な幽霊御一行が、同じように笑みを湛え
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