第13話
「ももももももも申し訳ないっ。極楽というから、まさか死後の世界が見えているのではないかと勘違いして」
「あぁ、いや。うん。温泉に浸かって気持ちいいとつい出る言葉……なんて、この世界の人は知らないもんね。うっかり口走った俺も悪いから」
ラッキースケベ的な展開は終わり、今は二人とも服を着て温泉から少し離れた所で休んでいる。
「だ、大丈夫だろうか、ユウト殿。その、出血は?」
「だ、大丈夫。ルティが魔法で氷を出してくれたおかげで、そろそろ止まると思うから」
どこからの出血なのか。もちろん鼻だ。
おっぱいをモロに見てしまい、そして触った彼は、興奮して勢いよく鼻血を噴き出したのだ。
おかげで温泉は一部、赤く染まっている。軽い自然破壊だ。
出血を止める為、ルティが氷の精霊を呼び出し小さな氷の欠片を作ってくれた。その氷をタオルで包み、鼻の上にあてがっている。
尚呼び出された氷の精霊というのが純白の狼の姿をしており、彼女はその精霊を『フェンリル』と呼んでいた。
「だけどこうして無事、温泉に入れてよかった。ルティも最初は怖がっていたけど、入ってみて気持ち良かっただろ?」
「う、うむ。なによりユウト殿の言う通り、人と打ち解けるのに温泉はとても効果的だと分かった」
「そうか。よかったよ――え?」
誰と打ち解けたのか一瞬疑問に思ったが、彼女が一緒に温泉に浸かったのは自分だけだ。他には誰も居ない。
打ち解けたかったのは自分とだったのか、と気づいた悠斗は、少しだけ反省する。
以前、久方ぶりに遭遇した友人にも言われた事だ。
他人行儀な喋り方が、なんか嫌だ――と。
ルティは自分と再会するために300年も待っていてくれたのだ。そんな彼女に他人行儀な口調でずっと会話をしていたのだ。不安にさせてしまっていても仕方がない。
「ごめんよ、ルティ」
「ユウト殿……」
うっとりとした目で悠斗を見つめるルティ。だが直ぐにはっとなって、「別に謝る必要なんかないんだからな」と狼狽え始める。
そんな彼女の姿を、悠斗は笑みを浮かべながら見つめた。
その日、二人はここで夜を明かすことにした。
食後にもう一度温泉に浸かり、ルティはお肌すべすべを堪能。悠斗は――特に疲労もなければ冷え性でもない。温泉効果は得られないかもしれないが、心の洗濯は出来た気がする。
(もう俺は社畜じゃない。好きな時に好きな所へ旅に行ける。今度はどこに行くかな。出来ればベッドでも布団でもいいから、ちゃんと休める宿とか欲しいなぁ)
満天の星空を眺めなら、そう欲をかいてみる。
だがこの世界の住人は温泉の良さを知らない。だから温泉宿もあるとは思えない。
「ルティ」
「ん〜、なんだ〜?」
温泉を堪能してゆるゆるになったルティの返事は、これまたゆる〜いものだった。
その彼女へ、町の宿で話した温泉への感想が、世界共通の認識なのか再確認してみる。
「そうだなぁ。前にも言ったが、温泉が出るような場所は火山地帯が多い。それは火山の地熱で地下水が熱せられるからだ」
「うん。それは俺が住んでいた日本でもそうだったよ。火山性ではない温泉もあるけれど」
「それはこの世界でもそうだ。まず火山地帯に戻すが、普通に危険だ。ちなみにこの辺だとあの山が火山だぞ」
恐らくルティは指を指しているのだろう。だが見えない。見えてはいけない。
だがルティが指差しているであろう方角はなんとなく分かる。まだ明るい時間帯に、遠くの山から薄っすらと噴煙のような物が上がっているのが見えていたからだ。
火山活動を地質学的に調査し、何かしらの機材を使って監視している地球文明とは違う。この世界の人にとって、いつ噴火するか分からない場所に近づきたくないのは当たり前の事だ。
「噴火……しないよね?」
「大丈夫だ。大地と炎の精霊の力は均衡しているし、大人しい物だ。この分だと数百年は噴火しないだろう」
「あ、精霊魔法ってそういうのも分かっちゃうんだ。便利だなぁ」
「逆に言えば普通の者には分からないということだ。さっきのユウト殿のように、いつ噴火するか不安に思うだろ?」
やはりそうなのだ。その上、ここまで上がって来る間、いったい何十匹の魔物を倒して来たか。いや、百は超えたかもしれない。
一つ目ルナティックだって、一般人には倒せない魔物だ。悠斗の体が異様に頑丈なだけで、ルティだってまともに噛みつかれれば普通に怪我をする。
こんな死と隣り合わせの場所に、誰が好き好んで来るだろう。
「それに臭いから」
「まだそれ言う? その臭い温泉にさっきから君は浸かりっぱなしなんだよ?」
「ぐっ。で、でもお肌つるつるすべすべだし!」
どうやらルティは温泉の虜になったようだ。チョロイもんだぜ。
「火山性ではない温泉とて、安全性の問題が一番だ。そういった場所は魔物が多いからな」
「魔物が? 何故?」
「さぁ? 昔から……私が幼いころからそうだったが……もしかして……」
ぱしゃっと水しぶきが上がる音がする。
ふいに顔を上げた悠斗は、夜空に舞い上がる水滴を見た。
「魔物どもは本能的に、温泉効果を知っていたのかもしれない……それで、温泉に入りに来る魔物が集まり、何も知らない人族や我らは危険な場所だと認識した……のかも」
「野生の勘って奴か。有り得るなぁ」
「ぐぬぬぬ。許せん。温泉を独占しおって!」
「ははは。じゃあ奪いに行くかい?」
冗談のつもりだった。
「よし、行こう!」
冗談は通じなかった。
翌朝、さっそくルティは地形的に危険ではない、魔物が徘徊するという意味で危険だとされる温泉に向け出発しようと言い出す。
どうやら本気のようだ。
「待て待てルティ。昨日は冗談のつもりで言ったんだ。奪いに行くと言っても、俺と君との二人で行くなんて、無理だよ」
「オーク一万匹を倒したのに?」
「あれは死に戻りを繰り返してやっとじゃないか」
「大丈夫。今の私ならオーク一万匹も夢じゃない」
何がどう夢じゃないのか。まさか倒すと言うのだろうか。
「お、落ち着こう。もっとこう……平和的に穏やかな温泉を探そうよ。温泉ってね、景色も楽しむものなんだよ。あと料理」
「ぬ……景色?」
「そう。温泉にゆっくり浸かりながら、美しい景色を堪能し、それから宿で美味しい料理を……あ、涎でた」
「絶景を楽しみながらの絶品料理……いぃ」
「だろ?」
お馬鹿二人で涎を垂らし、何やら妄想を堪能しはじめたようだ。
だが絶景はいいにしろ、そもそも温泉が受け入れられていない世界で、その近くに絶品料理が出る宿があるのか。
無いだろう。
現実を思い出した二人は項垂れる。
結局テントで野宿飯しかないのか、と。
二人は絶望の中、美味しい食事を求めて町へと帰還した。
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