第2話

 ゾンビアタックを何百と繰り返し、遂には一度の転移で数十匹のスライム(オーク)を倒せるようにまでなっていた。

 流石に疲れが見え始めた頃、ふいに聞こえた幼い子供の声。

 スライム以外目に入っていなかった悠斗が、ここに来て初めて周囲に目を向ける。

 破壊の限りを尽くされた廃墟が広がり、瓦礫の隙間に動くものが見えた。


 一匹のスライムが鼻をひくつかせ、瓦礫へと一歩近づく。


「に、逃げろ!」


 しかし声の主――子供は逃げようともせず、逆に立ち上がって彼をじっと見ていた。

 土まみれで薄汚れた髪は、元の色すら分からない。ただ宝石のような赤紫色の瞳だけは美しく光り輝いている。


「おい、逃げろっ。スライムに殺されるぞ!?」


 だがそれでも子供は動こうとしない。その表情から怯えているのが分かるが、なら何故逃げないのか。

 恐怖で腰を抜かしたか? 悠斗はそう判断して駆け出した。

 子供へと近づこうとするスライムをあっさり追い抜き、そして瓦礫の前で反転。

 後ろに立つ幼い子供を守ろうと身構え、スライムを睨んだ。


 ぶるんっ。

 スライムの右股が揺れる。突進しようと利き足に体重を掛けたのだ。

 ならばと悠斗はスライムより先に突進した。

 その動きはあまりにも早く、スライムもその動きに着いていけない。


『フゴ?』


 驚愕して悠斗を探そうと顔を振るスライムは、そのままずるりと頭だけが落ちた。


「大丈夫か? ここに居ては危険だから逃げるんだ。いい?」


 スライムの顔が地面に落ちると同時に、悠斗は子供の下へと戻って来ていた。

 そのあまりの早さに子供もきょとんとした目で悠斗を見る。


「逃げるんだ。いいね?」

「×〇◇@?」

「え? 何て言ったんだい?」

「△%♯」


 異世界言語翻訳スキルを貰っていなかったことに、ここで初めて気づいた。

 悠斗が膝を折って項垂れると、幼子はとてとてと駆け寄り彼の頭を撫でてやる。


「あ、ありがとう?」

「×〇@♯◇?」

「うん、ごめん。君の言葉は分からないよ。でもここに置いておくわけにもいかないな」


 悠斗は幼子を抱きかかえると、肩車をして走り出した。


「そぉれ、行くぞーっ」

「◇¶Σ(〇!?」


 走り出した悠斗は早かった。走った本人もビックリするほどに。


「うわわわわあぁあぁぁぁぁっ。な、なんだこれはあぁあぁっ!?」


 ビックリしたが止まれない。加速がつき過ぎているからだ。


「ふ……ふは……ふははははははは。ふはーっはっはっはっはっは」


 体が軽い。こんな開放的になれたのはいつぶりだろう。

 これまで馬車馬のごとく働かされ調教された社畜だったが、彼は遂に解放された。野に放たれたのだ。

 楽しくないはずがない!

 大きな声で馬鹿笑いをし、廃墟と化した大地を走り抜ける。その間、大地を埋め尽くすほど居たスライムを一刀で葬り去りながら。


「お。人影発見! 君の知り合いだといいんだけどな」


 遠くに人影を認め、悠斗は急停止する。待っていたのは大人たちで、耳の長い種族だ。


(じゃあこの子も?)


 肩から降ろした幼子も、やはり長い耳を持っていた。

 幼子はしきりに何か伝えようと喋ってはいるが、まったくその意味は分からない。

 悠斗は仕方なく、ただ優しく微笑んで頭を撫でてやる事しか出来なかった。


 言葉の通じない彼らに別れを告げ悠斗は再びスライムに向かって走り出す。

 彼らが無事に逃げ延びれるよう、スライムの数を減らそう。大丈夫。自分が死んでもまた戻ってくれるから。

 そうしてスライムの群れの中心へとやって来た悠斗は、両手で剣を握ってぐるぐる回転し始めた。


 ぐるぐるぐるぐる――ぐるぐるぐるぐる――。

 目が回って倒れた頃には、彼の周囲には屍の山が積みあがっていた。


 恐ろしい。なんて恐ろしい男だろうか。

 だが僅かに生き残ったスライム(しつこいようだがこれはオークである)たちは見逃さなかった。

 自身の回転によって目を回し倒れた悠斗を。そしてこのチャンスを!


『ブヒィーッ!!』


 恐怖が張り付くその顔で、スライムたちは雄たけびを上げ一心不乱に倒れた悠斗へ群がった。

 やがて悠斗の心臓が動かなくなったのを確認すると、スライムたちは歓喜の声を上げる。


 だが、彼らは忘れていた。あの男は何度も蘇るのだ。

 それを思い出したとき、スライムたちは恐怖に怯えた。

 これまで一度も感じたことのない、言いようのない恐怖に。


 だが……男は戻って来なかった。

 戻っては来なかったが、それが余計に恐ろしい。

 失禁し、スライムたちは泣き叫びながら走った。走って走って、あるものは森の奥へ、あるものは迷宮へと姿を消す。


 それ以後、スライム――否、オークは陽の光の下に姿を現さなくなった。

 馬鹿笑いの男から逃れるために。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 悠斗がデスルーラで戻ってくると、そこには見慣れない綺麗な女の子が居た。


「ほんっとうに申し訳ございません! 私、輪廻を司る女神でございます。ちょっと所用で外出しておりまして。その間、天使のクソが大変ご迷惑をおかけしましたっ」


 輪廻の女神と名乗った彼女は、平謝りでペコペコ頭を下げている。

 天使は居ない。だがこの場にいたらきっと修羅場になっていただろう。


「今回のお詫びも兼ねて、転移ボーナスのことは勉強させて頂きます! えぇ1000回分のボーナスを付けさせていただきます!」

「え? せ、1000回?」

「はい。ずぅーっとオークと戦っていらっしゃったようです」

「え? スライムじゃ……なかった?」


 そんな悠斗の言葉に、輪廻の女神はきょとんと首を傾げ、そして笑い出した。


「やだなぁもう。あんな豚みたいなスライム、居る訳ないじゃないですかー」


 ですよねーっと合わせるように顔を引きつらせ笑う悠斗。

 そう思ったんだ。思ったけど天使がスライムっていうから信じたんだ。信じる者は救われない。

 内心落ち込む悠斗に構わず、女神は転移ボーナスについて語りだす。


「これから転移して頂く世界には、スキルというものが存在します。ご存知ですか?」

「なんとなく?」


 スキルというものが何なのか。子供のころにプレイしたゲームにも、通勤途中に読む無料小説にも出てくる言葉だ。

 悠斗が転移する世界のスキルには生まれ持った特別な物もあれば、生活の中で習得するもの、訓練によって習得するものとがある。

 そして異世界転生や転移の際には、多くが生まれ持った特別なスキルを与えることがあると。


 女神はタブレットを操作しながら、悠斗にどんなスキルが欲しいか尋ねてきた。


「どんなのと言われても……あ」


 悠斗の目が、女神の持つタブレットに注がれる。

 そうだタブレットだ。これを異世界に持っていけないだろうか。

 検索機能付きで、あちらの世界の事をいろいろ調べられるアプリを内蔵して貰うのだ。

 その上でアイテムの収納機能があると嬉しい。VRゲームを題材にした小説にあるシステムで、タブレット型アイテムボックスなども見かける。


「――というのはどうでしょう? 」

「なるほど! 世界検索アプリ搭載のアイテム収納型タブレットを用意いたしましょう。ふふふ、面白くなってまいりました!」


 にやりと、どこか闇を孕んだ笑みを浮かべた女神は、高速ブラインドタッチでプログラムを組み始める。

 そうして出来上がったスキルは、


『タブレット』:様々なことを検索でき、また収納機能を兼ね備えたオンリーワンアイテム。

『DL《ダウンロード》』:タブレットに触れたモノをデータ化し、タブレット内に収納DLする。

『インストール』:タブレット内のデータをインストールすることで、使用可能にする。


 受け取ったタブレットはオーソドックスな物で、シルバーの薄型タイプだ。

 他にも転移祝いだと言って傷を治す効果のある『ライフポーション』五十本と金貨20枚。着替えのパンツとシャツそれぞれ5枚ずつだ。悠斗はトランクス派なのだが、女神はもっこりボクサーパンツ派だったらしい。

 それから先ほどまで使っていた愛用の剣だ。これには女神ボーナスを付けたと彼女が言う。


「これ、ダウンロードしただけだと使えないんですよね?」

「そうですね。面白おかしくするためにわざわざ分けてみましたから」


 面白おかしく……この女神は真剣に仕事に取り組んでいるのだろうかと不安を抱かずにはいられない。

 このタブレットも大丈夫なのか?


 全てのアイテムをDLし終えると、女神は残り997個のスキルをどうするか問う。


「そんなにスキルがあっても全部を把握できませんし、辞退させてください」

「むぅ、それもそうですねぇ。では今あるスキルを強化いたしましょう! 糞馬鹿天使が五つ贈っているようですから、それを。あとせっかくの異世界転移ですし、少し若返らせますね」

「え、いいんですか!?」

「はい! この輪廻ちゃんにお任せください♪」


 輪廻って名前だったのかよ!

 流石に悠斗も一瞬顔に出てしまったが、直ぐに引っ込めいつもの営業スマイルへと戻る。


 準備は整った。だが悠斗には一つ不安なことがある。

 同じ場所に転移して、またスライム改めオークと戦わなければならないのかと。


「あの、女神さま。また向こうの世界に転移して貰う訳ですが……違う場所に出来ませんか?」

「もちろんそのつもりですし、少し時間も進めさせて頂きます。いえね、悠斗さまが先ほどまでいらしたのは、あっちの世界の神々が喧嘩している真っ最中でして」


 だからあちこちで魔物の大群が闊歩し、町を破壊していたんですよと女神は世間話程度のノリで話す。

 軽くドン引きした悠斗だが、そこは社畜営業マン。表には決して出さない。

 ありがとうございますと最高の営業スマイルを浮かべれば、女神もご満悦な顔でボタンを押した。

 

 ピンポンッ♪

 軽快な音と共に、悠斗の足元がパカっと開いた。

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