タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜

夢・風魔

第1話

「あぁ……今の仕事辞めたら、どこかゆっくり温泉旅行でもしたいなぁ」


 と言い続けて10年の葉月悠斗はづきゆうと28歳会社員。

 月の平均残業時間130時間。残業手当ゼロ。所謂ブラック企業に就職しちゃった人。


 3年辛抱したら転職しよう。

 だが入社して3年が過ぎるともう立派な社畜となり「どこに行っても同じなら、もうここでいいや」と。

 慣れって恐ろしい。


 毎日毎日一銭にもならない残業をし、時折眩暈を起こすようにもなった今日この頃。

 巨漢上司と数人の同僚と共に会議室へと向かう途中、日常茶飯事となっていた眩暈を起こすも、ここで倒れれば他の社員に迷惑が掛かると必死に耐えた。

 だが倒れたのだ。

 悠斗ではなく、巨漢上司が。

 しかもよりにもよって後ろを歩く彼に向かって。


 眩暈を起こしたことで回避行動が遅れた彼は……潰された。


 推定体重180kgはあるだろうか。

 そんな脂肪の塊に覆いかぶさられ、葉月悠斗の人生は28年で幕を閉じた。

 死因は圧迫による内臓破裂と呼吸困難による窒息であった。


 尚、彼を押しつぶした巨漢上司は、自身の脂肪と悠斗がクッションとなって無傷だったとかなんとか。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「っぷはぁっ!?」


 苦しかった。そして臭かった。

 自分も若干臭うものの、あそこまでは酷くはない。

 あの酷い悪臭に包まれたまま、呼吸は奪われ、全身に激しい痛みを感じ……そして自分はどうなったのか?

 悠斗は疑問に思うと、そこでようやく自分がおかしな状況に置かれている事を知る。


 ここはどこなのだろうか。分かるのは病院ではないということ。そして会社でもない。

 見えるのは青い空と、足元には真っ白な床がどこまでも広がっている。

 他にあると言えば、早押しクイズのピンポンボタン、ダーツの的、高く積み上げられた漫画本、そしてソファーとそこに座る少年だ。

 少年の頭上には光る輪っかが見えた。


「え? 魂来ちゃった? え? どうしよう……僕、ただの留守番なのにな。あぁあ、面倒くさー」


 漫画本を手にした少年が面倒臭そうにピンポンボタンを押し、ピンポンと軽快な音が鳴った瞬間、悠斗の足元の床が抜けた。


「え、天使――はぁぁっ!?」


 床が抜けほんの一瞬だが、体が宙に浮くような感覚に襲われる。それもすぐに終わり、足はしっかりと地面を踏みしめていた。

 だが何かがおかしい。熱気に包まれたそこは、前にも後ろにも、そして横にも何かが居る。


「な、なんだここは?」

『ブホォーッ』


 片葉悠斗28歳。

 今彼は、人生で初となるモンスターと遭遇した。

 豚の顔に豚のような体格。ただし二足歩行であり、その胴には鎧を身に着けてはいたが、ぶよぶよの肉がはみ出していた。

 その豚に、悠斗は押し倒された。

 推定体重は300kgを超えているだろう。もちろん圧死。


「ああぁぁぁっ、くっさっ。めっちゃくっさ――」

「うわあぁぁっ!?」


 再び悠斗は戻って来た。漫画本を読む天使の下へ。

 その天使は再びピンポンボタンに手を掛けようとしていた。あのボタンが押されるとどこかに飛ばされる。

 そう確信した悠斗は走った!


「お願いします待ってください。なんかぶよぶよしたモンスターみたいなのがいっぱいいるんです!」

「ぶよぶよ? あぁスライムか。そんな物にも勝てないのかい? アレ、はっきり言って最弱モンスターなんだよ?」


 少年天使は悠斗に視線を向けることも無く、ずっと漫画を読んでいる。読みながら会話をしているのだから、さすが天使というところか。


(スライム……あれがスライムなのか……え? 本当に? イメージ的にはオークだと思うんだが。いや、でも天使がそう言うんだ。きっとあの世界ではアレがスライムなんだ)


 そんなはずがない。あれはオークで正解なのだ。

 だが社畜がすっかり馴染んでいる悠斗は、上司の言葉は絶対なのである。

 天使は上司ではないが、自分より偉い立場と思えば、例え子供の姿だろうが上司も同様。故に天使の言葉は絶対なのだ。

 疑うことなくアレをスライムと認識した悠斗は落ち込んだ。

 たかがスライムにも勝てないのか……と。


「えっと、君の死因は……え? 巨漢上司が倒れこんできて圧死? っぷ。変わってるね。でもまぁそういう死に方なら、異世界でやり直すチャンスがあるって最高だよね? ね? せっかく異世界に転移させてあげるんだから、頑張ってよね」

「なんとなく分かってはいたけど、ここは死後の世界みたいな?」


 と問う悠斗に、天使の少年は頷く。


(異世界に転移? 異世界と言えば、転生転移で最強無双。……現実はそう甘くはないんだな)


 通勤列車の中で、現実逃避するために読む小説投稿サイトがある。そこで目にする異世界転生物は、いつだって主人公最強だ。

 悠斗もたまにはそんな風になって、世界を自由に謳歌したいなんて考えることもあった。

 だが現実とは厳しいものだ。

 悠斗は最強どころか最弱にすら勝てないのだから。


 言葉なく落ち込む悠斗が気になったのか、天使は彼をチラ見して眉尻を下げた。


「わかった、わかったよ。そんな死んだ魚みたいな目しないでよ。地球人がひ弱なのは今に始まった事じゃないしね。良いスキルを上げるから、それで頑張ってね。僕って優しいでしょ?」

「ほ、本当ですか!?」


 悠斗は大喜びだが、実は転移の際にはスキルを与える事になっていたのを、この天使がすっかり忘れていただけであったりした。

 それを悟られまいと、天使はちょっぴり多めにスキルを悠斗に与えることにした。


「『筋力強化』と『体力強化』、あとそうだねぇ、『敏捷性強化』に『魔力強化』。『鑑定』も付けておこうか。あ、武器も居るよね。剣あげる。感謝してね!」


 なんだかよく分からないが、いろいろ貰えた気がする。

 頑張ってねと天使は手を振るが、その目は既に漫画の本に向けられていた。


(やれるかも!?)


 やれるかも=やられるかもの間違いであった。

 

 身体能力強化のスキルを得たとはいえ、所謂『レベル1』状態である。

 どんな神スキルでもレベル1ではゴミなのだ。産業廃棄物なのだ。強いはずがない。


「あぁぁっ」

「はい、いってらっしゃい」


 天使は全てを察しているかのようにピンポンボタンを押す。

 悠斗も次の転移に向け身構える。

 足元がパカっと開きすぐさま地面へと降り立つと、悠斗は動いた。


 周囲はスライム(オーク)が取り囲んでいる。そのスライムは大柄で、悠斗よりもゆうにデカかった。

 だから悠斗はしゃがんだ。

 身を屈め、手にした剣を思いっきり振るう。

 だがこれは失敗だった。

 スライムは鎧を着ていたのだ。鎧に阻まれ、刃が腹に届くことは無かった。


「なら足ぃ!」


 胴に鎧を着ていたが、手足を覆う物は何もない。

 容易に足へと剣を突き立てたがそこまでだった。


「ただいま帰りました!」

「おかえりいってらっしゃい」


 もう完全な作業ゲー状態である。

 悠斗は転移してスライムに一太刀浴びせては死に戻りし、天使はボタンを押す。

 何度か繰り返すとスライムを一匹倒し終え、悠斗はまた殺される。

 繰り返し繰り返し、いったいどれだけ転移しただろうか。


「僕、続きが気になるから買いに行って来るよ。このボタン押せば転移出来るから、自由に使ってね」


 そう言って天使はぱたぱたと飛んで行った。

 悠斗のことは気にならないのか!?

 気にならないらしい。


 こうして悠斗はゾンビアタックボタンを手に入れた。

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