4-147 チェリー家の屋敷で5





ステイビルはメリルの膝の上で、息を殺して泣いた。

二人の時間が、自分の気持ちを裸にできる唯一の場所だったのだろう。



メリルは片方の手で頭の上に置き、もう片方の手で背中をさすりながらステイビルの気持ちを受け止めた。


この王選の旅や、遡れば今までの生きてきた中に起きた出来事も、ステイビルにとって吐き出せないものが多くあったに違いない。

それをこの世の中で誰よりも、慰めることができるのはメリル自身だけだという思いもあった。




初めの頃、その感情は同情だけでできているのだとメリルは思っていた。

しかし王都を離れてから月日が経つ毎に、薄れていくと思われたステイビルへの感情は、次第に別なものに変わっていくことが自分でもわかった。

もしかすると、初めからその想いを抱いていたのかもしれないが、認めてしまうと大きな問題になりそうでずっと意識の底に閉じ込めていただけだった。

結局その想いを押さえつけることも忘れることもできないまま、敵わぬ願いはメリルの中で増大し続けていった。



『自分が王子のお役に立てるならこの身を差し出しても構わない』



メリルは遠くの地から、ステイビルたちの傍に再び呼ばれることを期待した。

だが、いつまでも期待するようなことは命令は降りてこなかった。

それよりもべラルドという男から、脅迫されるようになってしまった。



”このことをステイビルに連絡すれば、すぐに助けに来てくれるのでは?……”



ステイビルは王選の旅の途中であり、自分のためだけに大切な王子の試練を中断させることはできない。

その考えの裏には、抱き続けてきた想いに対する怯えもあった。

あの頃とは違い、ステイビルも立派な男性になっているはず。

メリルという存在は、ステイビルの記憶の奥でかすんでしまっているのではないか……



そして、メリルは母親と引き離されて、町の外へ監禁される。

自分が、王選の精霊使いに選ばれなかったことが理由だった。

さらには自分との婚姻を要求してきた。

メリルは、これ以上べラルドの言いなりになることは避けたかった。


べラルドは何度も、王や王子との面会の橋渡しををパインやメリルに依頼してきた。

この男が、チェリー家と繋がりを持ちたいという理由はそこにあったのだ。

何とかしてチェリー家と繋がりが持つことができれば、そのルートを使って自分を売り込むことができると考えていた。


そうなれば、ステイビルを裏切ることになってしまう。



薄暗い乾いた部屋の中で、メリルはじっと待ち続けた。

昔の記憶を頼りに、孤独と恐怖の時間を耐え続けた。


そして一人の女性が、メリルに希望を運んできた。

メイヤという女性が、ステイビル王子に頼まれて自分を探しに来たと告げる。

その日から、メリルには再び生きる気力が湧き出てきた。


そして……いま、自分の膝の上にいる待ち焦がれた相手が近くにいる。

メリルはこれ以上望むことはいけないことと頭の中では判ってはいるが、いつかこの気持ちが制御できずに暴走してしまいそうになるだろう。

その前に、区切りを付けなければならないとメリルは判断した。



時間が経ち、ステイビルの感情は既に落ち着きつつある。

メリルはステイビルの身体をゆっくりと起こし、指でステイビルの涙の跡を優しく拭った。

ステイビルもそれを、子供のように黙って受けている。



そして、メリルは重い口を開いた。



「王子……もうそろそろ行きませんと」



「あ、あぁ。そうだな……引き留めて悪かった」



メリルは、その言葉に微笑んで首を横に振り、二人の時間が止まる。

お互いが伝えたいことがあったが、それを口にすることができなかった。



このままではいけないと、メリルはベットの縁から腰を上げる。

ステイビルはその服を掴みかけたが、これ以上引き留めることができないことはわかっていた。

そしてメリルは、そのままステイビルの視線を背中に感じながら振り返らずに静かに扉を開いた。



「……」


「……」




お互い思っていることを口にすることができないまま、夜中に音が響き渡らぬよう扉はゆっくりと閉められた。







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