4-76 指令本部での攻防5
一歩前に出てきた警備兵は、横の警備兵やグラムに止められることもなく平然としている。
女性と指摘されたことも否定していないため、クリミオの鼻が正しかったことを証明している。
だが、相変わらずこの者たちの余裕ぶりが気に食わない。
倍以上の数で囲まれ、弱い存在の女性の危機にも平然とした態度を続けている。
「……いいだろう。こっちへ来い」
耳は真っ赤に染まり、怒りを抑えることに必死になっていた。
クリミオは相手が慌てて許しを請う姿を想像していたが、その期待は裏切られていった。
次の楽しみは、相手の女がボロボロになりこのフラストレーションをスッキリと解消することだけだ。
いざとなれば、グラムたちを”ここに来なかったこと”にすればいいだけ。
王子の件は気になるが、そこはべラルドがうまく何とかしてくれるだろう。
グラムたちは一つ下の階に誘導される。
階段の前には直線の廊下があり、左右にいくつかの扉が付いている。
グラムは、ここの階に見覚えがあった。
辛くもあったが、多くの仲間と多くの時間を共に過ごし己の全てを磨き上げた神聖な訓練場だ。
クリミオは乱暴にドアを開け、神聖な場所への敬意はまるで感じられない態度だった。
「……こい」
グラムはここで初めて、クリミオの行為に対してわずかな怒りを覚える。
グラムは訓練場に入る前に、深呼吸を数回繰り返し感情を落ち着け神聖な場所に一礼をして入室する。
「――こ、これは!?」
グラムは中に入り、愕然とする。
町を守るために、仲間を傷つけないために、与えられた任務に応えるために。
警備兵たちはこの場所で何度も剣を振り、組手を重ね、汗を流して心と体を鍛えぬいていった……多くの者を警備兵として育ててきた神聖なこの場所で。
それがいまは見るに堪えない荒れた部屋に変り果てていた。
斧が壁に刺さったまま、道具は乱雑に放り出され、そこら中に唾を吐き出した跡が目に入る。
クリミオたちはその散らばった道具を邪魔だと言わんばかりに、足で払って広い場所を作ろうとしている。
きっとこれから始まる決闘の空間を作っているのだろう……そんな行動にグラムは今にも感情が爆発しそうになり、身体が小刻みに震える。
男の一人が、”ボケっと見てないで手伝え”とグラムに告げる。
その瞬間、グラムの堪忍袋の緒が解放されかけ……だが、その直前にグラムの後ろについてきた男が肩に手を置いた。
お陰でグラムは、”自分”を取り戻すことができた。
止めてくれた男に小さな声で礼を告げ、二人は手で落ちている剣や防具などを拾い始めた。
男たちはさらにグラムの神経を逆撫でするように、道具を蹴り飛ばして部屋の端に追いやっていった。
だがもう、グラムはそれらの行動に対し感情の波が揺さぶられることはなかった。
場所の用意が整い、周りの男たちは床に座ったり身体を横にしたりと楽な姿勢を取り始める。
グラムにとって、いまでもここは神聖な場所。
姿勢を正したまま、事を見守ることにした。
「よーし、お前ら準備はいいな?……正々堂々の一騎打ちの始まりだ、いいか、決して手を出すんじゃねーぞ」
「「へい!!」」
周りの男たちはクリミアの言葉に対し、承知した旨の返事をする。
が、その薄ら笑いの表情は約束を守ることはなさそうだ。
「よし、それじゃ始めるぞ、この硬貨……」
グラムは、気持ちよく話しを進めるクリミアを手で止めて制した。
その行動にクリミアはまたしても、眉間に皺を寄せて不快感を示す。
無視をしても良かったが、この先を楽しむためにはここで不満を重ねた方がよりスッキリ感が増すだろうとクリミオは自分に言い聞かせた。
「チッ……なんなんだ一体?まさか怖気付いて”止める”なんて言わねーだろーな、あぁ!?」
「違う……これだけは聞いておきたい」
「……?なんだ?」
「お前たちの今までのことを考えると、この一騎打ち”何でもあり”になるのか?」
「……ほぉ、なるほどなぁ。そうだな、先に知っておいた方がいいだろうな、文句を言われても困るからな。今回は”何でもあり”でいくぜ?……もちろん異論はないんだろ?」
「そうか……それなら仕方がない。こういうことは最初に決めておかないとな……確かに後から文句を言われても困るからな」
「「……?」」
周りの男はグラムが何を言っているか分かっていない。
”何でもあり”で優位なのはこちら側だと信じて疑わない。
いつでも不都合なことは数で押し切っていた者たちにとって、この人数差で”何でもあり”を向こうから告げてくる理由がわかっていなかった。
クリミオはそんな者たちの疑問を余所に話しを進めていく。
「よーし、次こそ本番だ!俺がこのコインを上に投げて地面に着く時……これが開始の合図だ。いいな?」
警備兵と対峙する男は了承の意を示すが、相手は微動だにしない。
(この女……ビビッてやがるな?くくく、たっぷり楽しませてもらうぜ!?)
男はこれから起こる女の悲鳴を頭に思い浮かべながら、レイピアを抜いて身を低くして構える。
「用意はいいな……いくぜ?」
キーン……
クリミオが親指で硬貨を弾き、回転しながら上っていく高い音が心地よく響き渡った。
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