4-3 賭け事



薄暗く小汚い、大通りから隠れるように外れた路地裏の酒場。

昼間でも太陽の光が届かない、湿った安い酒の匂いがこの路地にこびりついている。

その匂いの強さは、僅か数分この場に居ただけで肌にこびりついてしまった。


目の前の男は、歳の割に似合わない若い女性を横に付けてその場に居た。

女性は布一枚だけを纏っており、上半身はほとんど隠れていない。

しかも女性はその姿が恥ずかしくない様子で、抱き着きながら二つのふくらみを男にねだるように押し付けている。


マーホンは軽蔑するように女性を見るが、視線を送られた女性は気にもしない。

その目は虚ろで、”何か”によって意識が混濁しているようにも見えた。


男はその視線に気付いて、抱き着く女性を引きはがす。

それでもまだ離れようとはしない女性を、現れた二人の男性が両脇をかかえて引きはがされていった。

その際に口からは涎が流れて出て、みっともない姿をさらしていた。





「それで、王選のいまの状況はどうなっておるのですか……マーホンさん」



男は何事もなかったかのように、冷ややかな目で見つめるマーホンに話しかける。



「……なんの問題もない。私の予想通り、順調に事が進んでいる」



マーホンは、目の前の白い髭を顔の下半分に生やした年をとった男の質問に嫌々ながらに答える。



「ホッホッホッ!……それはいいことですなぁ」




男は髭を擦りながら、マーホンの言葉に笑って返した。

お互い”賭け”をしているはずだが、男の見せる余裕の態度がマーホンは気に入らなかった。





「随分と余裕を見せるのね……あなた、約束忘れてないわよね?」




男はいやらしい笑みを浮かべ、嘗め回すようにマーホンの姿を見つめて言葉を掛けた。




「勿論ですとも……私が負けた場合は、きちんと情報はお渡ししますよ」



「それならいいんだけど……」



「あなたも、もし負けた時は……」



「わかってるわ、王国に対してちゃんと取り持ってあげればいいんでしょ?」





マーホンのその答えに満足した様で、男は細い目でにっこりと笑ってみせた。








この男と出会ったのは一ヶ月程前。

ハルナたちが、ドワーフやエルフの村を回っているときのこと。


ポッドの村から離れ、マーホンは王国に戻っていた。

自分の店に戻ると、秘書からマーホンに来客があり封筒をして欲しい言われたと告げられる。

マーホンが預かった封筒の中身は、”黒き存在の居場所を知る者”と書かれたメモがと一枚の王国硬貨入っていた。



マーホンは、メモに書かれた宿場に指定された通り一人で向かった。

その宿場は成功者が利用できる、一般の旅人には第一選択にはなり得ないほどの高価な場所だった。


始めて接触をしてきてから一周間は経過している、その間この高価の宿場に泊れるほどの人物であるとマーホンは相手の地位を推測した。

一階にある上品な酒場の従業員に声をかけ、メモと一緒に封筒に入っていた硬貨をカウンターに置いた。

カウンターの中の男は硬貨を手に取り確認し、マーホンを奥のテーブルで座って待つように促した。



マーホンはテーブルに置かれた紅茶の香りを楽しみながら、これから起こるであろう出来事のパターンを思い起こしながらその時を過ごした。


待つこと十数分――


その男は姿を見せる。



白いひげを生やし小柄で横に広がる体形、目は瞼を持ち上げる筋が衰えているのかほとんど開いていない。

だが衰えは感じずに、杖を使わずに二本の脚でしっかりと体重を支えて歩いていた。




「初めまして……マーホン・エフェドーラさん」



「……あなたは?」



「これは失礼しました……その若さで商業ギルドの頂点にいらっしゃるマーホンさんに自己紹介もせず申し訳ありませんでした。いくら私の方が年齢が上でも、地位はそちらの方が上ですからなぁ」




「……それで、一体何のご用ですか?」


「おや?……あなたはあの手紙をご覧になってこちらにいらっしゃったのではないですかな?」



その言葉に対しマーホンは、顔色一つ変えずに黙って男の顔を見る。

男もマーホンの視線には動じることはなく、飄々とした様子で言葉を続けた。



「申し訳ない、私の悪い癖でしてな……率直に申し上げますと”賭け”をしたいのですよ」



「……”賭け”?」



「そうです、私はあなたが探っている”あの”硬貨の情報を賭けましょう」



マーホンはステイビルたちが捕まえた”ランジェ”という女の組織について探っていた。

闇で商売をしており、ギルドには当然属してはいない。

だが、様々なところに出入りしている商人たちには噂でも聞いたことがある者がいると思い、マーホンはギルド内で信用のおける者たちだけにその情報を集めるように指示していた。


相手の情報を探ることと、この噂を聞いて向こうからコンタクトを取ってくることが目的だった。

今回、巻いた餌にかかったとマーホンはこの場に姿を見せたのだった。




「”賭け”……それで、私は何を賭ければいいのかしら?」



「お城への物資の供給の権利の一部を頂きたい」


「それは賭けではなく、”取引”ではダメなのかしら?」


「それも私の悪い癖でしてな、失うか奪うかでないと”商い”をした気がしないので」



男の細い目はマーホンの皮膚に纏わりつくような笑顔を送るが、マーホンは気にせず話を進める。。



「賭けの内容は?」


「なに、簡単な話です。今現在行われている”王選”についてですよ」












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