3-248 東の王国52






そこから数か月後――

事態は望む望まないにかかわらず進んで行く


スミカのお腹の中に、新しい命が宿ったことが発覚する。



もちろんその切欠となったのは、あの日の夜のことだ。

スミカはどうするべきか迷ったが、まずはウェイラブに報告することにした。



報告を受けたウェイラブは、戸惑いを見せて少しの間、言葉を失ってしまった。




(あの時、あの名前に返事をしなければ……)



そのことに対し、スミカはウェイラブに迷惑をかけてしまったと思い詫びた。





「申し訳ありません、村長様。メイドの分際であなた様の子を孕むなど……いますぐに取り出し」


「ま、待て!?そこまで……しなくても」



その言葉に驚き、ウェイラブは決心をするスミカを止めた。



ウェイラブはメイドの姿に目をやるが、スミカは未だ頭を下げた状態のままだった。

できる限り優しい口調で声を掛け、頭を上げるように”指示”をする。



スミカはウェイラブの指示に従い、ゆっくりと頭を上げ顔を見せる。

ウェイラブの目には、美しくも怯えた表情で自分のことを見るスミカの目が悲しくもあり心がズキっと痛んだ。



ウェイラブは、頭に思い浮かんだ質問を口にする。





「――この件について、他に誰か知っている者はいるか?」






質問に対し、スミカはゆっくりと顔を横に振り誰にも話していないことを告げる。

その結果を聞き、ウェイラブは腕を組んで目を閉じて考えを巡らせていく。


スミカもいつものように、村長が抱える問題に最良の回答を提案をすることができない。

今回は自分自身が当事者のため、その答えに最適な解を出せるか自信がなかった。

どうしてもこの問題は、私情を挟みたくなる気持ちが抑えられない。

そんな状態でまともな判断ができるわけないと、スミカ自身理解していた。




一分足らずの時間が過ぎ、ウェイラブはある一つの決断を下した。





「すまないが、産んでくれるか?その子を……」


「はい……!」




その言葉にスミカは、全身を幸せに似た感覚が包み込む。

必死に抑えていたが、自分としてはこの結果になることを望んでいた。


しかし、その次の言葉に至福の感情は粉々に打ち砕かれた。





「申し訳ないが、その子には、”親”がいなくなる……」





”親がいなくなる”


それはウェイラブでもスミカでもない人物に、その子を託すいう意味であった。




そうすることにより、二人の子であることを隠蔽することができる。

ウェイラブは、スミカは立場の差がこの事実を隠そうとしている理由だろうと推測する。

それならば気にしなくてもよい……とは思っていたが、自分が蒔いた種でもあるためそのことは口にできなかった。

この時にそのことをお互い確認していれば、この先の不幸を呼ぶことはなかったはずだろう。



出来ればこの村以外の場所で暮らしていけば、ウェイラブとスミカの存在に辿り着くことはない。

だが、誰かにその子の育成を依頼すれば、何かのきっかけに真実にたどり着くこともあるだろう。

そうなれば、それは運命としてその子とのつながりを喜ぶべきだと判断した。


しかし、全く素性が知れない者に預けてしまうのも避けたい。

ウェイラブは、ある一つの場所を思い付いた。







その決定に対し、スミカには何も言うことはない。言えるはずもない。

自分はウェイラブの指示に従い、ただ行動をするだけだ。


”それがメイドとしての役割だから……”


そう何度も心の中で繰り返しつぶやいて、自分の感情を押し殺した。



そうした決定によって、スミカは一定期間ウェイラブの傍をから離れることになる。

周りの者たちには、今回スミカは極秘の任務を任せてあるということにしていた。

その内容を怪しむ者もいたが、そこは結果が判明し次第報告すると約束し、その場を治めることができた。


そして新たに、ウェイラブの傍にはスミカが選んだメイドが世話をするようになった。







スミカは一人で村を出ていき、とある小さな集落の中に住まわせることになった。

そこはウェイラブも顔の知らない母親が生まれた場所と聞かされていた集落だった。


ウェイラブの母親はこの集落で生まれ、村に移住して先代の村長と一緒になったと聞いている。

ウェイラブを出産し他界した後、先代はこの集落を保護することを約束した。

そのため、村長の家ではこの集落との関わり合いが少なからずあった。




ウェイラブは、母親が眠っているこの場所に何度か足を運んでいた。


そのため、ウェイラブはこの集落にも顔が通っている。

この集落に行かせる際に、ウェイラブは書簡と証明するものとわずかなお金を持たせ、スミカが安心してこの集落に滞在させてもらえるようにお願いをした。






その半年後、村から離れた集落で一人の女の子が誕生した。

その子の名は、”マリアリス”と名付けられ集落の中に引き取られ、育てられることになった。



スミカは出産後体力が回復したのち、再び村に戻りウェイラブの傍に仕えることになった。





マリアリスは順調に成長し、青年期に入ると村に出ていきたいと集落を出ていくことになる。







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