3-249 東の王国53
出産と悲しい別れを終えて、スミカは再びウェイラブの傍に戻ってきた。
苦労をしたのか、少しやせたようにも見える。
ウェイラブもこれ以上は危険だという程、体重が落ちていた。
スミカは何があったのか確認しても”何でもない”とウェイラブは答えるだけだった。
その夜、久しぶりにウェイラブの食事を用意する。
その時スミカは見つける、屋敷に大量のお酒が用意されていたことを。
そのことをウェイラブに問い質すと、また飲み始めたことを白状した。
今回下した決定に対し、自責の念に苛まれていた様だった。
あの日からずっと悩んでいた……本当はこの村で育てた方が良かったのではないかと……隠す必要はなかったのではないか……そのことばかり考えて夜も眠れない程だった。
そう言って泣きそうな顔をするウェイラブを、スミカはそっと胸の中で抱きしめた。
ウェイラブはそれに抵抗することなく、目を瞑りその優しさを受け入れると、我慢していた涙が溢れ出て止まらなかった。
自分の胸の中で泣き続ける愛した男性を、スミカはずっと頭を撫でて受け入れていた。
感情が落ち着いたころ、ウェイラブはスミカから離れてその顔を見た。
離れていた間、ずっと待っていた顔だった。
スミカも、初めて受け入れた男性でずっと心配していた顔だった。
ゆっくりと二つの顔は近付いて、唇が重なり合った。
今度は泥酔の状態でもなく、相手の意識がない状態でだました訳でもなく、お互いの気持ちが重なり合った結果だった。
その後も幾度となくふたりは身体を重ね、お互いの気持ちに嘘をつくことが難しくなってきた。
ウェイラブは決心を固め、スミカを正式な妻として認めることにした。
そうすれば、最初の子もこの村に呼び戻すことができると考えていた。
その言葉を聞き、スミカは泣き崩れる。
メイドとして、諜報員として感情のコントロールは完璧にこなしてきたはずだった。
しかし今、過去の訓練もまるで役に立たなかった。
だが、スミカが妻と認められるにはウェイラブが村長となった時に協力してくれた派閥の中で承認が必要となる。
当時ウェイラブもサレンと別れ、この条項に関しては”二度と人を好きになることはない”と派閥からの提案で村の条例を作る際に承認していた。
派閥の中から、”早くお世継ぎ”をと何度も進言されていた。
だからいま、その相手が決まったことに関しては問題ないだろうとウェイラブは楽観視していた。
後日、村の重要人を集め、承認を求めて話し合いを行った。
――その結果は、七対三で”不承認”であった
理由はスミカが恐れていた通り、いちメイドが村長の妻になるとは何事かということだった。
その他にもこの場にスミカがいれば、決して聞かせたくないような言葉も散々理由として聞かされた。
その後、”賛成派”から聞いた話によると、派閥の中で大きな勢力を持つ人物には娘がいるという。
歳にしてまだ十二、三の娘だという。
その娘を村長の家に嫁がせたかったのだというのが、反対派の本当の理由であると告げた。
ウェイラブはあの時の迂闊な自分を呪うと同時に、スミカに対しどういう風に告げるべきかと悩んだ。
重い足取りで、ウェイラブは自室へと向かう。
そこには当然のように、スミカが部屋の主の帰りを待っていた。
「す……すまない、スミカ。私が不甲斐ないばかりに……」
ウェイラブは直接的に結果を告げず、ただ期待を持たせてしまったスミカに対して心から詫びた。
スミカは、その内容を既に知っていた。
それは、メイドでもありながら諜報員であるスミカなら当然のことだった。
それでもスミカは悲しい顔をせず、笑顔でウェイラブのことを待っていた。
そして、スミカはまた新しい事実を告げた。
「ウェイラブ様……また新しい赤子を授かったようです」
「なに!?ほ……本当か!!!」
その言葉には、幸せの色をした喜びの感情が詰まっていた。
ウェイラブはスミカを抱き締めて喜んだ。
しかしその数秒後には、二人の世界以外の問題の波が押し寄せ、その感情を飲み込んで行った。
その表情の変化を読み取ったスミカは、以前より考えていたことをウェイラブに告げる。
「村長……いえ、ウェイラブ様。私、この村から去ろうと思います」
「ど……どうして……ま、まさか……俺のことが……嫌いに」
「いえ、そうではないのです……」
スミカはその言葉を遮るように、ウェイラブの頬に手を当てた。
それと同時にウェイラブに向けた笑顔は、母親であり恋人の安心させる笑顔だった。
「私は、今でもウェイラブ様を一番にお慕いしております。ですが、私はこの村にいる限り、ウェイラブ様と一緒にはなれないでしょう……それはどうしても我慢がなりません」
スミカも自分の気持ちのコントロールには自身があったが、こんなにまでも感情を抑えられないことを知った。
それに、お腹の中の子供のためにも良くないと、以前から考えていたことを口にした。
「この村を出てあの集落でウェイラブ様のことをお待ちしております。ウェイラブ様は、今この村にはいなくてはならない存在です、すぐにはいらっしゃることはできないでしょう。ですから、私はウェイラブ様がその役を終えた時に一緒になりたいと思います」
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