3-215 東の王国19





「おはよう!」


「今日も早いわね、サミュ!」





「あ。セイラ、エイミ……」



サミュは、二人からの挨拶に力なく答える。

いつもの眠たそうにしている二人とは違う、元気のこもった音量がサミュの寝不足の頭の中に突き刺さる。




二人は昨夜、入浴していた。

この時代では湯を沸かし、その中に浸かって身体を休める習慣はなかった。


体が汚れてしまった時は、布を濡らして身体を拭くか、いまサミュが行っているように直接水を使って洗い流すしかなかった。




昨晩、二人は精霊の力の訓練を行なっている時にひらいめいた。

エイミが土の力で人が入れるほどの桶を作り、その中に水……いやお湯を貯めると入れるのではないかと。



火山が近くにある村では天然の温泉が湧き、近くに住むものは利用していることはあった。

だが、そんな山は遠く離れているため、この村や界隈では初の試みだった。




そのため、二人とその両親は初めての入浴を堪能し疲労もすっかり取れていた。








サミュは昨日のことを思いだす。



トライアがなぜ、この二人のことを気にしているかわからない。

幼い頃からずっと一緒に過ごしてきたが、容姿はそこそこよく頭もそれなりに良い。

だけど、男性に言い寄られた数はサミュの方が多かった。


サミュ自身も容姿も知識も女性に必要な技術もそこそこある、ある面で言えばこの二人よりも秀でている面もあるのだ。



そのことは、今まで自分を一人で育ててくれて、覚えさせてくれた母親に感謝している。





そんなことを思いながら、サミュは二人に声をかけようとした。







「ねぇ、あなたたち……」




「あっ!」







セイラは、サミュの言葉を遮り突然声をあげた。








「サミュ、首の後ろ汚れてる……ちょっとジッとしてて」







サミュは先ほど身体を拭いていたが、拭き残しがあったのだと思いセイラの好意を受けることにした。

セイラは腰に下げていた布をとり、流れる川の水に濡らして軽く絞る。


思わず今までの癖で、精霊の力で水を出そうとしていたがエイミに慌てて止められた。



幸いにもサミュは、セイラに拭いてもらうために後ろに垂れる長い髪を横から前に流していたため、そのやりとりは見られることはなかった。





「最初はちょっと冷たいかもしれないけど我慢してねー」






「わかったわ、ありがとう」







その言葉を聞き、セイラは片手をサミュの肩に手を当てた。






「……え?」






思わずセイラは、驚きを声に出してしまった。







「……どうしたの?」



「ん?……いや、足元に虫みたいのがいたから……ちょっとだけ驚いたの。石だったけどね」







セイラは苦しいと思いつつも、とっさに浮かんだ言い訳をサミュに返した。

だが、エイミは知っていた。

その言葉が嘘であることと、セイラが驚いた理由を。




セイラが服の上から掴んだ肩は、あの健康的で膨よかな体つきだった知ってるサミュの身体ではなかった。




服の上からではわからなかった、その布の下は骸骨のような痩せ細った枯れた身体になっていた。



動揺を抑え込みながら、サミュは首の後ろの汚れを拭き取ろうとする。

しかし、何度も拭き取ってもその汚れは取れるどころか、薄くなることもなかった。



二人の頭の中に、つい最近得た情報と一致する感覚を覚える。






「セイラ……どう、落ちた?」






サミュの声に、不安の中から引き戻されどのように返答するべきかを考えた。


その結果――






「うん、これで大丈夫!」





サミュは拭き取ってもらっている間、ずっとう項垂れた状態になっていたため首を元の状態に戻すと若干痛みが生じた。







「ありがとうね、セイラ」


「ねぇ、サミュ。身体は大丈夫?何かおかしなところとかない?」






エイミは、なるべくサミュに不安を感じさせないように明るく努めて聞く。






「え?別に……あー、今日はちょっとね。寝不足気味なのよ……ありがとう心配してくれて」



「そう……体調が悪い時は言ってね」




「……わかったわ。またあとでね」









サミュはその言葉に笑顔でうなずき、また二人にお礼を言っていつもと違った足取りで家に向かって歩いていった。


二人はその後ろ姿を、ただ黙って見送っている。






サミュの姿が見えなくなり、二人は思っていたことを口にする。





「これってあの二人が言っていた……」


「きっとそうよ……ってことは、そいつはサミュの家に!?」







二人は誰にも気付かれない様に急いで家に戻り、このことを父親に報告した。









「ほ……本当か!?」



「えぇ、私たちは見たの。汚れのような痣で身体中にあったわ」


「それに、サミュとは思えなくらい痩せてしまっていたわ……可哀想なくらいに」







その言葉に、母親も驚きを隠せない、サミュの身体がそんなにも痩せてしまっていることに。

母親のなかでサミュは、健康そうな身体で子供もたくさん産んでくれそうないい体つきをしている印象しかなかった。







(何とか助けてあげたい……)





母親はそんな願いを込めて、村長の顔を見つめる。


その視線に気付いた父親は、心配しなくていいと一度だけ頷いて見せた。





そして父親は組んでいた腕を解き、二人の娘にの顔を見つめる。





「二人で、あの方たちを呼んできてくれないか?サミュと、あの子の母親は私たちが見張っている」





その村長の命に従って、二人は用意をして村の外へ向かっていった。









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