3-163 古い手紙









『教育所にいた子供が脱走し、村を出ていった』




この情報を聞いた時、ゾンデルは愕然とする。






(――もう、二度と会うことはできないのか)







無許可で村を出て戻ってきた場合は、厳重な罰が与えられることになる。



そのことは、その子も知っていることだろう。

それを知ったうえで、村を出ていったのだ。







ゾンデルは自分の無力さを恨む。

いっそのこと、自分も村を出てナイロンやナンブルたちを探しに行こうとも考えた。




そうすれば、ナンブルたちが変える場所がなくなるばかりか、このところまた村の政に対して悪い噂を耳にするようになってきた。

村民の間でも村長に対する不信感が募り始めていた。


このことも、今自分が何かをできるわけではないが見捨てることのできない問題であった。






そして、最後にナルメルの出産。



これによってゾンデルは村を出ていくことが、できなくなってしまった。












「……そんなこともあり、お前のことを探しに行けなかったのだ。ずっと一人にさせてすまなかった」








ゾンデルは、ナイールがいなくなってからの経緯をブンデルに話して聞かせた。





そして、ナルメルはブンデルの反応を見る。

が、

腕を組んで目をつぶったまま、話を聞いていた体勢から変化はなかった。





そのまま、しばらく待っているとブンデルは目を開けて腕組みを解いた。



そして、ゾンデルの目を見て感想を述べる。






「それで……自分にどうして欲しいのですか?その推測が仮に事実だったとしても、随分と長い間一人でしたし家族はいないものと思っています。確かにこの村を出ていったのは事実ですし、この村では特定の人たちしかかかわることもありませんでしたので、他の方のことなどほとんど知りません。ただ言えることは、この村が嫌いであの村長が嫌いということです」




「あの、ブンデルさん……」





その厳しい言葉に、サナがブンデルを心配した。







ブンデルは、いろいろと言いたいこともあったがそれを目の前にいる人に話したところで、今までの辛かった過去が消えるはずもないと知っている。

気持ちの整理がつかずに爆発してしまいそうな感情を必死に抑えて、声の高さを一定に保つことによって気持ちをコントロールしながら感想を述べた。





ナルメルも、そのブンデルの感情が不安定な状態であることは見てとれた。






これ以上は長居は無意味と判断し、ゾンデルに合図をして席を立った。


サナは、見送るために席を立ったがブンデルは腰を下ろしたままその様子を眺めていた。






「お疲れのところを、お邪魔いたしました……あ、それと」







ドアに手を掛けたゾンデルが、振り向いてもう一度ブンデルの顔を見て古い封筒を一つ懐からとり出した。






「もし、興味があったら目を通してみてください」







ブンデルとの距離があったため、その封筒をサナに手渡した。







「これ……は?」






手渡されたサナが、封筒の中身を確認する。







「ブンデルさんのためにと思って持ってきたものです、目を通すも通さないのもご自由にしていただいても構いませんので……あ、ただ捨てたり破らないでは欲しいですかね」







ゾンデルはにっこりと笑い、再びドアの方に身体を向け”それでは”といってナルメルと一緒に部屋を出た。








二人が出た後でも、ブンデルの気持ちはまだ収まっていなかった。

サナは預かった封筒は自分の懐に仕舞って、渡すタイミングを見計らうことにした。







そして、各部屋に運ばれた食事は質素だがいまエルフの村で出せる最善の食事だった。

その食事を見て、ブンデルは思い出していた。



村を出る前に自分が食べていた食事の内容が、いま客人として出されているこの食事と変わらないことを。








「……どうしたんですか、ブンデルさん?」





「いや、何でもない……せっかく用意してくれたのだから、ありがたく頂こう」




「はい!」





サナは、スプーンでトウモロコシをすりつぶしたスープをすくい、それを口に運んだ。


ブンデルは、サナがその食事を食べる姿を見つめていた。






「ン……おいしいです!」






その言葉を聞き、ブンデルは安心して自分の食事を進めていった。









食事も終わり、寝る前の準備を整えるサナ。

懐から、ゾンデルに渡された封筒が落ちかけた。





渡すなら今と、サナはブンデルに預かった封筒を渡した。





「ブンデルさん……これ、先ほどゾンデルさんから預かった封筒です」





ブンデルは、その封筒を無言で受け取った。

封筒にはまだ、サナの胸元の優しい暖かさが残っていた。





手の中からサナの温もりが消えると、ブンデルは渡された封筒を封をゆっくりと開ける。

かなりの時間が経過しており、紙が弱っていた。






中身を取り出し、ゆっくりと慎重に広げる。






それは、ナルメルに充てた二人からの手紙だった。







「……これは、もしかして」






サナが、後ろから覗き込んで手紙の内容をみる。







「これは、どうやらさっきのナルメルさんに充てた手紙のようだね」



「そのようですね……”ナイロン”って書いてますね」








その言葉に対しては、ブンデルは反応を示さなかった。








「あ、ごめんなさい」







ブンデルに気を使ったサナが、不用意な発言を謝罪した。






「いや、サナが謝ることじゃないよ……ん?」






そう言いながら、ゆっくりと封筒に入っていた時と同じように手紙を折りたたもうとした時、ブンデルは手紙に違和感を感じる。






「どうしたんですか?」






そのサナの声に応えることなく、ブンデルは再び手紙を広げていきそれを裏返した。



その違和感を確かめるために、ブンデルは目を凝らす。







「これは……術式!?」











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