3-67 強敵







「だ、誰だ。お前は?」






ステイビルは驚きを抑えながら、ようやく言葉を発した。






「はじめまして、皆さま。そうね……私は、そいつの"見張り"役みたいなものね」







その女性は尖った鞭の先をクルクルと回しながら、男の声を奪った武器を弄ぶ。



エレーナは男の首の傷口を凍らせて、止血を試みた。

出血は収まったようだが、男は傷の痛みで気絶をした。

命には、問題はなさそうだ。






「こいつが余計なことを喋りそうだったから、少し黙ってもらったのよ。まぁ、これからずっと話すことはできないでしょうけどね?」






笑みを浮かべながら平然として自分のやった行いを語る女性は、このような出来事は手慣れているような感じに見えた。







「ということは、この男が言っていたギルドのメンバーなのか?」



「そうね、そういうことになるわね。……ったくそんな余計なことまで喋りやがって、このクソボケがぁ!!」







女性は言葉の最後に感情を乗せ、その容姿からは想像できない怒りを隠さず表面に出す。

男に向けるその視線は、今にもその命を止めてしまうかのような怒りが込められていた。




アルベルトは、その危険を感じ証拠となる男を守るべく男と女性の間に立ち位置を変えようとした。







――バシッ!!






その一歩を踏み出そうとする足先に鞭がしなり、床の埃が舞い上がりその歩みを止めさせられる。




アルベルトは、戸惑う。

鞭の軌道が、全く見えていなかった。


背中に冷たい汗が、伝っていくのを感じる。



ソフィーネは、動きは見えていたが身体が反応できなかった。







「あのねぇ、下手に動かない方がいいわよ?その男と同じようなことになりたくなければ……ね?」







まるで何事もなく、この場にいる自分以外の人物を警戒していないような口ぶりで、ルベルトに警告する。






エレーナも目の前の女性の危険性を感じ何か対策をと思考を巡らせる。

が、防衛に関しては相手の攻撃の方が何枚も上手で、このまま何かを仕掛けられてはやられてしまうと判断していた。

ここは先制攻撃が有効と考えるが、こちらにはまだ実害が生じていないためその"名義"がない。







「精霊使いさんもいるみたいね、だけど大人しくしててね。今の目標は貴方たちではなく、我々の情報をバラそうとしたその男だけなの。貴方たちが何もしなければ、今回は特別に見逃してあげるわ」








「我らを上から見下すか?お前たちは、何者だ?何が目的なのだ?」








ステイビルは恐怖に飲み込まれないように、目の前の女性に食い下がる。

何の情報を得ぬまま逃してしまうことや、相手が主導権を握ったままということも面白くない。


せめて状況を五分五分に持っていきたい、ステイビルだった。








「あら。答えてあげてもいいけど……はじめに言っておくわね。私たちが扱うの主な商品は"情報"よ、時々アルバイトで護衛もやっているけどね。当然その見返りは安くはないわ、支払いはお金、情報、"身体"、命で払うこともあるわよ?……その男みたいにね」









ステイビルたちはその言葉にハッとし、男の方を一斉に向く。

しかし、何事もなかった男の姿は、一瞬にしてその姿を変える。




――ビュっ!!





アルベルトの横を、風が通り抜けていく。

その前で男の額に穴が空き、男は自分の身体を支えることが出来なくなり縛られたロープにもたれるように倒れ込んだ。

そして、目が覚めることのない眠りにつく。









「はい、私のお仕事終了。それじゃあ、またね。どこかでお会いしましょ?”ステイビル王子”さま」







そういって女性は、振り返りこの部屋から出ていこうとする。








「ま、待ちなさいよ!」



「よせ、エレーナ!」









エレーナが引き留めようとして女性の足元を氷漬けにしようとするが、その様子を見ることもなく女性は目の前から姿を消した。




アルベルトは、とっさに剣をエレーナの顔を横切るように突き出す。

偶然にも、エレーナのこめかみの高さに出した剣は鞭の先は剣を貫通していたが、エレーナの頭部に届くことはなかった。








「ふん!今度、ふざけたことをしたら手加減しないからね……弱いんだから、そこで大人しくしてなさい」







女性は入ってきた時とは反対に、勢いよく扉を怒りに任せて蹴り開け出ていった。










「見逃してもらった……というべきか?」



「どうやら、そのようですね」






ステイビルの言葉に、ソフィーネが返した。





この部屋には、あの女性が残した男の死体と穴の開いた剣と何とも言えない恐怖が残された。




















ポッドはチュリーを助けてくれたお礼を何度もステイビルに告げていた。

チュリ―も怖い思いをしたが、今はぐっすりと母親の胸の中に抱かれて眠っている。




ステイビルは、カイヤムとポッドに今起きたことを話した。

多分これ以上は狙われることはないが、念のためモレドーネにこのことを伝えに行って欲しいとお願いした。



カイヤムは、その役を快く受けてくれた。



ステイビルは警備をマーホンは今までの商人に代わる物資の供給の手配を依頼する手紙をカイヤムに託した。





これによって、これからこの集落は正式に東の国の管轄であることが国と集落の双方で認められた。




この村の住人は、主にモレドーネと取引を行うことになるが、東の国の町にも自由に出入りでき商売も可能となる。

それによって、有事や緊急時にはどちらからも人材と物資を援助することになる。







この事件は、将来チュリーがこの集落初の精霊使いとなるきっかけとなる。

が、それは随分と先の話しだった。











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