2-80 あの宿へ




鍋の中の食べ物はすっかり空になり、ここにいる全ての胃袋が満たされた状態になった。

クリエもカルディも、特にニーナは生まれて初めて食べたこの味に感激をする。


ボーキンの妻、”スィレン”がテーブルの上の空になった皿などを下げていく。

慌ててハルナが手伝おうとしたが、お客ということでスィレンとボーキンに止められてしまった。


ソフィーネとカルディはスィレンと仲良くなり、片付けを手伝っていた。



ニーナはナプキンで口元を拭き、その後紅茶を口に含む。

ハルナから見れば、和と洋が一緒に混在してるようで気になった。




「それで、明日からはどうしますか?」





クリエは、この場が和みんで何でも話せる雰囲気になったことに気が楽になって話しかけることが出来た。

そして、その質問に答えたのはニーナだった。



「私は、もう明日には出た方が良いと思うのです。準備は今夜中にさせましょう」




「西からは、どなたが行くのですか?」



「ボーキンとエルメトと警備兵を数名連れていきます」




「ニーナ様……その様子ですともしかして、ニーナ様も……」




恐る恐るボーキンはニーナに確認する。





「もちろんです!私たちの仲間になってもらうには、私が行かなくてどうして信用が得られるというのですか?」



「し、しかし!あの山を越えるのは大変ですよ!?もし、魔物が襲ってきたら……!」



「あのぉ、その心配はないと思いますよ。……あのコボルドさんは、ちゃんと約束をしてくれましたから」



「うぐっ!」



「ね?何の心配もいらないでしょ?ですから一緒に行きます、私も!」




そのタイミングでスィレンが入ってくる。

ワゴンの上には、フルーツといくつかのお酒が乗っていた。




「わ……わかりました!注意して、絶対に危ないことをしないと、このボーキンとお約束してくださいませ!」



その言葉を聞いて、ニーナは嬉しそうに頷いた。


その後、すっかりと仲良くなったクリエと手を取り合って喜んだ。




ボーキンはエルメトに連絡をし、明日の準備をするように申し付けていた。




「さぁ、冷えたフルーツですよ!……大人の方たちはコレでしょ?」




スィレンはとっても良い笑顔で、酒の入った瓶を持ち上げた。

スィレンは自分が飲みたかったらしい。そして、この中の誰よりも強かった。

ハルナは、今度エレーナと一緒にまた来たいと思っていた。



フウカやクリエの精霊”エルデア”も一緒になって、楽しんでいた。




結局、食事が終わって全員が床に就いたのは、日付が変わってからになった。









「よし、準備は出来ているか?」



時間は十時を回っている。

昨夜は遅くまで起きていたため、全体的にスケジュールが後ろ倒しになってしまっていた。


ボーキンに”酒豪”と言われたスィレンは、昨夜一番最後まで後片付けをして、誰よりも先に起きて支度をしていた。

ハルナは少し申し訳ない気持ちになったが、スィレンは優しく楽しかったと笑ってくれた。



ハルナたちは、ボーキンの玄関先に集まっている。

馬車も数台、公共のものではなく要人を送迎するためのものや王家で使用する立派な物もあった。

それらは、西の国に来て初めて乗る乗り心地の良さそうな馬車だった。





スィレンがハルナに近寄ってくる。




「……とっても、楽しかったわ!また、遊びにいらしてくださいね」



「はい!大変お世話になりました、今度は友達も連れてきていいですか?」




ハルナがそう問うと、スィレンは満面の笑みで”もちろん!”と答えてくれた。


今度はクリエが呼ばれ、スィレンはハグをされている。

傍から見ると、親子のようにも見えた。


最後に、カルディとソフィーネに握手をして感謝の気持ちを伝えていた。






「では、行くぞ!」



ボーキンが全体を見渡し、タイミングよく告げる。





ボーキンとエルメトが、列の一番前で馬にまたがり先導する。


ハルナたちはニーナの後ろの馬車について行く。

馬車の窓から、見送るスィレンに手を振る。



そして、馬車はゆっくりと走り出しす、ディバイド山脈の入り口に向けて。




その道程は順調で、何事もなく西の国で最初に馬車に乗ったターミナルまで着いた。

その歩みは休憩も兼ねて、一旦ここで止まることになった。



往路の際、ここから先は徒歩だったが、このまま馬車で進むことが出来るという。


今回はあの老婆、マギーのところで預かってもらうことしたようだ。




「まだ、昨日の朝に宿を出たばかりなのにね」


「でも、会うのが楽しみですねぇ」



ハルナとクリエは、再会を結構楽しみにしている様子だった。



先頭の警備兵たちが、集まって何か話し合っている様子が見えた。



心配になり、カルディが様子を伺いに行く。




「どうされましたか?」



「何かターミナルの様子がおかしいのです。本来ならここに二名は警備兵が常駐しているのですが、今は誰もいないのです」



「それに、私たちより前に誰かがこの先を馬で進んで行った形跡が見られます」





警備兵に続き、エルメトがカルディに告げた。






「とにかく、これから歩みを進めていきますが何が起こるかわかりませんので警戒願います」


「わかりました」





そういうとカルディは自分たちが乗っていた馬車に戻り、状況を説明した。




しばらくして、馬車の列は再び走り出した。

馬車の中は、先程とは違う重苦しい空気が漂っている。



いま一番心配なのは、あの宿に何か悪いことが起きていないか……



ハルナの気持ちは馬車よりも先に進んでいく。




その時先頭の馬が一頭、速足で駆け出した音が聞こえた。

馬車の速度も、ほんの少し早くなった気がする。

ハルナはただ、優しくしてくれたマギーの無事を祈るだけだった。




馬車のスピードが徐々に落ちてきて停止する。

ハルナとクリエは、勢いよくドアを開けて飛び降りる。

そのまま、前方に見えるあの宿に向かって走った。




既にエルメトの乗っていた馬が、店の前で立ち尽くしていた。


ハルナは嫌な予感を必死で抑えながら走っていく。





「――お婆さん!!」



店に着くと、苦しい息を抑えながら叫ぶハルナ。


しかし、その店の中は昨日までとは異なる、無残な光景がハルナの目に映っていた。







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