2-78 三者同盟
ハルナは、自分たちの考えていた西の警備兵に対しての今後の処遇について、ニーナたちに説明しようとしたところをニーナが遮った。
「実は、それについてご相談があるのですが……」
「――お聞きしましょうか」
カルディが、ニーナに返した。
「結論から申しあげて、その者たちは私が引き取りたいのです」
「……なるほど、それで王子派に恩を売る、もしくは味方を増やすっていうことですか?」
カルディがニーナの意思を読み解いた。
西の国で行われようとしている王選の派閥争いの話を聞き、ニーナの発言と自分たちを助けたその性格を加味し、この推測を導き出した。
おおよそ当たっていたその返答に、ニーナはカルディの顔を見て頷く。
「その通りです。そうすればあなた方は西の国に貸しができますし、私たちとしても西の国の人材を有効に生かせることが出来るのです」
「あ、あのぉ……」
クリエが恐る恐る、声を出す。
逆に小さい声はこの場にいる全員の気を引くこととなり、全ての視線がクリエに集まる。
その視線に圧を感じ、いつ発言するべきか縮こまっているクリエに、ニーナが発言を促した。
「どうされましたか?これまでのお話しで何か問題でもございましたか?」
クリエが話しやすくなるようにニーナは笑顔を作り、優しい口調で話しかける。
クリエの方が年上なのだが、その態度は年齢が逆に思えてしまう。
「はい。森は既に焼けてしまっています。それにより、困っている方々もいるのですが、それについては……」
ニーナはその発言に疑問を感じる。
西の人物、東の人物……このアイデアは、二つの国にとっては問題のない案と思われる。
ほんの少し考えても答えが出てこなかったので、ニーナは素直に聞いてみた。
「すみません、どなたがお困りなられているのでしょうか?」
「――コボルトたちです」
その発言に、ニーナもボーキンも驚きを隠せない。
人間の敵であるはずの、魔物のことを考慮するとはどういう神経なのか。
気が動転するも、その真意を確認しなければという思いで必死に理性を働かせ、ニーナはクリエに問いかけた。
「すみません、どういうことでしょうか?なぜ、魔物であるコボルトたちのことを考慮されているのですか?」
「それは……”約束”だからです」
「……約束?」
その言葉にハルナは思い出した、いま氷の中で静かにその時を待って眠る一匹のコボルトのことを。
次にあの長が目覚めた時には、森がまた豊かになり人と魔物が協力し合い分け合って生きていると願っていることを。
そんな夢を描いて、あの長は一度は憎んだ人間と自分の兄弟に託して眠っていった。
「はい。私たちは悪い人間のせいで傷付いてしまったコボルトと約束をしたんです。お互いが一緒に暮らせていける森を目指すことを」
「奴らは、言葉など通じん!そんな夢みたいなことが信じられるか!?」
ボーキンは椅子から立ち上がりそうな勢いで、クリエに向かって叫んだ。
「コボルト……だけじゃなく知能がある魔物は話せるんですよ?」
そう告げたのはハルナ。
過去に精霊を介せば、言葉の通じない魔物であるギガスベアやコボルトでも人間と意思の疎通ができたことを伝えた。
「ほ……本当ですか、それ?本当なら、凄いことですよ!?」
ニーナは驚きから目を好奇心で輝かせ、夢のような話を信じ始めている。
「それなら、一度お見せした方がよろしいのでは?」
ソフィーネが、ハルナにそう告げた。
この場所なら、コボルトが来ても人に見つかずに来ることが出来るであろうと検討し提案した。
ハルナは、クリエにこの場所にコボルトを呼んでもらうようにお願いする。
クリエはポケットの中からコボルトから預かったものを取り出し、音のならない鈴を振る。
ニーナは、高鳴る胸の鼓動を必死に抑えている。
これから目にするものは、おおよその人が目にしたことのないものだ。
そんな貴重な体験が、もう少しで目の前で起こると思うと冷静にはいられなかった。
――
がしかし、いつまで経っても状況に変化は起きなかった。
上がっていた心拍数も、待ちくたびれて通常の範囲に収まってしまった。
「あの……何も、起こらないのですが」
クリエも、少し心配になってきた。
「……あ!もしかして」
クリエは席を立ち、窓の方へ向かっていく。
両開きの窓を開けてを見回すと、一匹のコボルトが入口を探していた。
その音に気付いたコボルトは、クリエを見つけて近寄ってきた。
コボルトは窓を飛び越え、部屋の中に入ってきた。
『……!』
「……?」
コボルトは、何かを訴えているがクリエは何もわからなった。
「あ、そうか!ハルナさん、フウカ様。お願いできますか?」
ハルナもようやく気付いたようで、フウカに通訳をお願いした。
『……っと、どれだけ待たせるのだ。そっちから呼んでおきながら』
「ごめんなさい、コボルトさん。ようやく西の国で協してくれそうな方がいらっしゃったのでご紹介しようと思いまして」
クリエは振り返り、ニーナとボーキンを紹介する。
しかし、ニーナは表情が固まったまま、ただこちらを見ているだけだった。
「あのぉ、ニーナ様?」
「!?」
ニーナはクリエに話しかけられて、ようやく意識を取り戻した。
「あ、すみませんでした。やはり、コボルトが話すなんて信じられなくて」
『お前は、西の国の王女だったか?』
――!?
ボーキンは驚いた。
見下していた魔物も、人間の世界の情報を集めていたことに。
「はい、その通りです。あなたは、コボルトの長でしょうか?」
『違……いや。あぁ、そうだ。”今は”あの山一帯のコボルトの長を務めている』
コボルトは、自分が長と言わることにまだ慣れていない様子だった。
ボーキンも自己紹介をし、この場の全員がそれぞれの名前と立場を理解した。
「それでは、話しを進めましょうか……」
カルディが落ち着いた声で、この場の全員に告げる。
これから、この場で将来に大きな功績を残すきっかけとなる重要な案が話し合われることになる。
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