エレーナとアルベルト、ときどきハルナ2
ここは、森の中。
普段は、人などほとんど通らない道なき場所。
風に木の葉が擦れ合い、波のようなさざめきが生まれる。
木々の間の適当に空いたスペースの中に、三角形の物体がその姿を成そうとしている。
この森の中には似つかわしくない喧噪が響き渡る。
「ちょっとハルナ、そっち持ってってば!」
「私も両手が塞がってるんだけど……」
「……エレン、僕がやるからそっちを離して」
「ねぇねぇ、ハル姉!その辺で遊んできていい!?」
「「勝手にどこかにいっちゃダメ(です)ーーー!!!」」
あの日の夕食から二日後、ようやく外出許可が出た。
その間に進められていた、メイヤとアルベルトの準備は万全だった。
主な道具は念のため三名が入れる簡易テント。
それは二重の布でできた四角錐の中に支柱を立てて使う。
他に毛布と簡易食糧を五日分。水に関しては水場もあるが、エレーナに任せておけば問題はない。
今回は、森のはずれの場所が指定された。
その場所は地図には載っているが、詳細については分かっていない。
このラヴィーネで扱っている地図は、フリーマス家が監修している。
そこには野獣などの生息地域や出現率などが季節ごとに掲載され、周囲の森を通る者たちには大変重宝されている。
そのため、フリーマス家の財源においても、重要な役割を果たしていた。
今回の指導者のマイヤからの指令は次の通り。
『地図上に示した指定地域の生物や植物の生息分布の調査及び、地図情報の新規作成をお願いします』
というわけで、ハルナ達は地図に示されている既に調査され、安全であると判明した場所のギリギリのラインに拠点を構えることにした。
そこから指定地域を扇状に探索するという方法をとった。
それはアルベルトからの意見で、未調査地域の中に拠点を置くより確実な場所の方が安全性が高いという判断だった。
本来こういう仕事は、精霊使いになりたての者たちに与える仕事であるが、今回はエレーナたちが経験値稼ぎの意味も含めて行うことになった。
「これで、よしっ……と」
「ふー……疲れたわ」
「それじゃあ、夜のために薪を集めに行きましょうか」
「えー!アル、もうちょっと休もうよ」
「エレン……だけど、そろそろ日も落ちてくる時間だからね。早めに用意したほうがいいんだよ」
「あー。こういう時は火の使い手がいる方が便利ねー」
「ただ、それだけのために!?」
「じゃあ、エレンは休んでていいよ。ハルナさんも無理はしないほうがいいのすが、どうします?」
「あ、じゃあせっかくなので行きます」
ハルナは重い腰を上げて、アルベルトに近寄る。
「ちょっと、一人にしないでよ!こんな知らない危険な場所で!!」
エレーナは飛び起きて、アルベルトとハルナの急いで後姿を追い掛けた。
三人は拠点からそんなに離れていない周辺で薪を集め、元の場所へ戻り焚火の準備をする。
その頃にはすっかり空は赤くなり、徐々に暗闇が周囲の景色を浸食し始めた。
ハルナは風の力を利用し、小さな竜巻を起こす。
そこにはちょうど円形状の地肌が見え、そこに火を起こすことにした。
アルベルトは手際よく、火を起こす。
火を囲む周囲に、暖かい明かりが灯る。
暗くなりやや冷えた感じはあるが、この焚火ともう一枚ブランケットあれば十分に凌げる寒さだった。
アルベルトはさっそく食事の用意をする。
焚火の上に小さな鍋が置けるような網目の付いた金属の台を組み立てて設置する。
その上にエレーナに入れてもらった水と簡易的に作った粉末状のスープの素をいれ、火の上にかける。
粉末が溶け出すと、ジャガイモを塩コショウバター干し肉で煮込んだスープが出来上がった。ジャガイモ自体は解け崩しているため具材はないが、十分にその美味しさを味わえることができる。
その上に乾燥させた香るハーブを入れ、完成させた。
エレーナは乾燥したパンと、チーズを全員分取り分ける。
ハルナは出来上がったスープを、カップに取り分けて配る。
それぞれの手に食事が行きわたり、初めの食事を迎える。
「「いただきまーす!!」」
ハルナはカップを手に取り、息を吹きかけ冷ましてスープを口にする。
「何コレ!すっごく美味しい!!!」
フウカも欲しそうに、肩の上からカップをのぞき込む。
ハルナは少しパンをちぎってスープに浸し、それをフウカに渡した。
フウカも美味しそうに食べている。
時間が進み、食事がもう少しで終わりかけた頃。
「やっぱり、これがないと……ね」
水筒のようなものを取り出す、エレーナ。
「ま、まさか。それって……」
にやりと笑うエレーナは、ハルナに水筒の注ぎ口を向ける。
先程のスープの入っていたカップを一度、水ですすぎ差しだす。
それを差し出して注ぐ姿は、もはや飲み屋のオッサンに近い。
水筒の中から透明の液体が流れ出て、アルコールの香りが鼻を突く。
お店で嗅いだことのあり記憶をたどる。芋焼酎のにおいだ。
「これ、最近できたお酒のようなんだけど。そのまま飲んでもいいし、水やお湯で混ぜてもいいらしいのよ。ちょっと飲んでみて?」
……チョッっとだけ口に含むハルナ。
――!!
ゲホゲホとむせかえる。
「結構……キツイわね……これ」
元の世界の焼酎と似ているが、味が少し雑で飲むと喉が焼けそうな感じがする。
「わたしは水を混ぜてるんだどね……これ」
そういうと自分のカップには指先から冷たい水と氷を入れて混ぜている。
ハルナはジト目で、エレーナをにらむ。
「ごめんごめん。ほら、カップを出して!」
ハルナにも同じように冷たい水と氷を注いだ。
「アルベルトさんはいらないんですか?」
「アルはいいのよ。すっごーく弱いから……ね?」
エレーナはいたずらにアルベルトの顔を見て笑った。
「そんなものが飲めなくったって、別に何の問題も……ない」
焚火に薪をくべながら、アルベルトはエレーナの意地悪に答えた。
さらに時間とお酒を注ぐ回数が進み、程よく酔いが回ってきたころハルナはある疑問を投げかけた。
「どうしてエレーナのこと、”エレン”って呼んでるんですか?」
ハルナの質問に、アルベルトの身体が一瞬”ビクッ”と揺れた。
「そ・れ・は・ねぇ~」
「おい!やめろ!!」
少し腰を浮かせて、エレーナを止めにかかろうとした。
「いいじゃない、そんなに恥ずかしいことでもないと思うけど?」
エレーナは、相当気分が良くなっているようだ。
モイスティアでもそうだったが、調子に乗りやすくなる体質のようだ。
ハルナは目をキラキラさせて、二人の様子を見守る。
その視線に気付いたアルベルトはあきらめたのか、またその場に勢いよく腰を下ろした。
その様子を見たハルナは、再度エレーナに問いかける。
「で、それはどうしてなの?」
「アルベルトはね。昔は泣き虫だったのよ、今では考えられないかもしれないけど」
「ほうほう、それでそれで!」
「言葉もね、少し舌足らずなところもあってね。エレーナの”ナ”が言えなかったの。私のことはエレー”ラ”ってずっと言ってたわけ」
「でもそれがどうして”エレン”になったの?」
「アルは泣き虫のくせして、とーーーっても負けず嫌いなの。私が何度も何度も”エレーナよ”って言っても直せなくて、結局自分の呼びやすい呼び名に変えちゃったのね」
「もしかしてそれが……」
「それが……いまの”エレン”よ……アルだけの……私の……特別な呼び方なの……」
そう言い終わると、エレーナは目をつむってしまった。
感情に浸っているのかと思ったら、どうやらエレーナは眠ってしまったようだ。
休息中は暇だったとはいえ、このような状況になっているが、体力はまだ万全ではなかったのだろう。
律儀にも、カップはこぼれないようにしっかりとその手の中に握られたままだった。
「本当に、こいつは……」
アルベルトが自分のブランケットをエレーナに被せてあげた。
そして、手からはカップを外して地面において、エレーナを抱き上げた。
「ハルナさん、すみません。テントの入り口開けてもらっていいですか?」
「あ!はいはい」
ハルナはその様子をうらやましそうに見ていたが、声を掛けられたことにより現実に引き戻された。
テントの切れ目の入り口を開き、その中をアルベルトは通っていく。
ハルナは焚火の周りに残された皿やカップを片付ける。
エレーナが簡易バケツに貯めていた水で、ひしゃくを使い洗い流す。
丁度アルベルトがエレーナを横にし、テントから出てくる。
月も、斜めから頭の真上辺りに昇ってきた。
「ハルナさん、それでは明日もありますしそろそろ……」
「はい。あと、焚火はどうしますか?」
「念のため、このままにしておきましょう。野獣は火を嫌うことも多いので、灯っている間は近寄ってこないでしょう。念のため、テントの周囲には近づいたときに音が鳴るようにトラップを仕掛けておきました。あと、罠も少々仕掛けていたので、危険度は少し減るでしょう」
「わかりました。では、テントに戻りましょう」
「あ、あと。何かあるといけないので、入り口付近で寝ますからハルナさんは真ん中で横になっていただけますか?」
「わかりました、ありがとうございます」
ハルナはテントの中に入ると、オイルランプがついていることに気付く。
光は眩しくないように、和紙のようなものを被せて光が強くならないようになっていた。
更に、先ほどの間にハルナとエレーナが横になる場所にはブランケットが畳んでおいてあり、地面の凹凸を和らげるように工夫がされていた。
(さすが、やることもイケメンね!)
ハルナは心でそうつぶやき、横になった。
薪を追加し、周囲を確認してアルベルトがテントの中に入ってくる。
そして、剣や防具を外し枕元に置いて横になる。
背中をこちらに向けて、入り口の方を向いて横になった。
(お酒が臭うのかしら……)
更には、エレーナとアルベルトの間をこのミッションの間で何かできないか。
ハルナはそう考えると、ドキドキして眠れなかった。
外にはいくつかの生き物の視線が、ハルナ達のテントに注がれていることも気付かずに……
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