幕間

エレーナとアルベルト、ときどきハルナ1





ハルナは目が覚めて眠れない。


簡易テントの中にいる。


外から隙間を抜け、冷たい風が入ってくる。




右隣にエレーナ。


そして左隣には執事のアルベルトだった。


二人とも別々の毛布に包まり、眠っている。



なぜこんな状況になってしまったのか。


時は、数日前に遡る。






モイスティアから戻り三日が経ち、体調も随分と落ち着いてきた。


食欲も出始め、屋敷の中でじっとしているのが辛くなってくる。

かと言って、数日間は外出することは健康管理をする指導員から禁じられている。

身体に受けたダメージと疲労度から考えて、免疫力がかなり低下していることが考えられる。

そのため、人混みの中で感染してしまうことも考慮し、安全策をとって休ませている。





「はぁー、とてつもなく暇ね……」



エレーナはため息混じり話しかける。



「そうね……暇ね」



ハルナは薄目を開き、力の入ってない瞳で何もない空間を眺めている。


フリーマスの家の敷地にある広場。ここは、重要なお客様を招いてパーティなどで使う広場だった。


噴水もあり、水の流れる音が耳に心地よい。

水蒸気を多く含む風も、パラソルの下でくつろぐハルナ達の火照った肌を気持ちよく冷す。



一日目は、貪るように眠っていた。二日目は指導により湧き上がる眠気を抑えて身体を起こし、パズルを渡されひたすら解いた。三日目になり、ようやく家の外に出ることを許された。とはいえ、やる事いえばパズルと白と黒い石を使ったおはじきのようなゲームをやっていた。



帰ってくるまでのモイスティアで過ごした、おおよそ一ヶ月間の激動の日々。

急に何もするなと言われ、そのギャップに気持ちが付いてこない。



何かワクワクするような出来事を望んでいた。



『人はやることが無いと、ろくなことを考えない』とは、ハルナが転生前にお店のお客がよく言っていた。



(あれは確か……スマホのゲームで大きくなった会社の社長さんだったかな……)



そんなことを思い出し、広い広場を顔を動かすのも億劫だったため、目だけでぐるっと見回す。


視界の端に、人影が認識できた。



「ねぇ……あの人……」



といいかけて、ハルナは口を紡ぐ。




(フーちゃん、あの人呼んで来て!)


(……別にいいけど……んもぅダラけきってるね。ハル姉)



心の中で会話しているためフウカの姿は見えないが、きっとフウカの目は細かったに違いない。


薄っすらと眠るエレーナを横目で見て、フウカは人影まで飛んでいく。


人影はフウカのことに気付き、草刈りの作業を中断させこちらに向かって歩いてくる。フウカは面倒なのか、その肩に乗っかっていた。




「……お呼びですか、ハルナ様」



「お仕事中、お呼びしてすみません。もしよろしければ、休憩されませんか?」



――ハルナの作戦は、こうだった。


アルベルトを呼ぶことにより、驚いて飛び起きるエレーナ。そして、慌てふためくその姿を見て楽しもうという思惑と、少し二人の仲を取り持ちたいというお節介もあった。



だが、ハルナの作戦は脆く崩れる。


エレーナは目を覚まさず、それどころか本気で眠り始めたのだった。

しかも、油断しているエレーナの寝顔はあまりに無防備な状態だった。



思い出すのは、そう。満員電車で見たことのあるあの風景。


とても綺麗な女性(またはステキな男性)だが、仕事が忙しく疲れてるのか窓に頭を預けて眠る。窓が背もたれよりも奥にあるため、顎は上がった状態になる。すると下顎を閉じる筋が脱力し、パカっと開いた情けない状態になってしまうのだ。




(危険よ、エレーナ!)



自分でそのような状況を作っておきながら、勝手に心配するハルナ。


そのことを察してか、アルベルトはスッとエレーナの頭を持ち上げクッションを敷いてあげた。




「うーん……ありがと……ぅ……ハる」




たった三文字の名前を呼び終えることも出来ず、また深い眠りの世界に帰っていった。

ハルナは、エレーナが出してくれた溶けづらい氷を数個グラスの中にいれ、果実の汁を入れて作った水をアルベルトに注いで渡した。




「ありがとうございます、ハルナ様。頂きます」




そういうと、グラスを手に持ち、二口ほど飲み込んだ。



「アルベルトさんは、エレーナと幼馴染ですって?」



「そうです……ね。私の父がフリーマス家の執事をやっておりました。住み込みでしたので、小さな頃からお世話になっております」



「へー、じゃあずっと一緒にいたんですね」



「ただ、精霊使いの訓練をされていた時は、お屋敷から別の棟でお住まいになられていたのでその頃の様子はあまり……」


「小さい頃のエレーナは……どんな感じでした?」



アルベルトは少し宙をみつめ、言葉を選ぶ。



「……そうですね。とてもお優しく、活発な方でした」




そう言うと、ちょっとイタズラっぽい笑顔を作った。




「……ちょっと、“おしとやかで”が抜けてるんじゃない??」



ゆっくりと体を起こすエレーナ。



「いつから聞いてたの?」


「ついさっきよ。煩くて眠れなかったわ」





しかし、エレーナの耳は真っ赤だった。

もう少し前から、目が覚めていたのだろう。





「エレーナの昔の話しを聞いていたの。小さな頃から仲が良かったんだってね」




エレーナはグラスの周りに多くの水滴がついた、長い間触られていなかったグラスを手に取り水分をとる。





「そうね……気が付いたら一緒にいたって感じね。勿論部屋は異なるけど、同じ屋敷内にいたからね」



「そういえば、アルベルトさんはとても強いですね。あの森の中での事件の時も、凄かったです!どこかで習ったんですか?」



「ハルナ様、アルベルトで結構です。……そうですね。小さい頃から父に叩き込まれてましたね。“フリーマスに仕えるならば強くならなければならない”……そう教え込まれましたからね」



「じゃあ、私のこともハルナでいいですよ。それにしても、エレーナの周りは強い方が多いわね」




「そういえば、小さい頃に数日分の食料を持たされて、森の中に置いていかれたこともあったわね」




「あぁ、そういうこともあった……ありましたね。あれで、一人で生きていく自信がついたものでした」


「ねぇ……エレーナ。私たちの時だけでも、普通の言葉で話しましょうよ。せっかく同じような歳で友達なんだし……ね!」




「私は構わないわよ……」




エレーナは、少し嬉しそうに言った。




「ですが……」



「いいの、いいのアルベルトさん。エレーナもああ言ってるんですから」



「わかりました……ハルナ……さん」




「ところで、森の中で暮らすって結構大変そうね。……でも、すぐ力尽きそう」



「そうね、私もやってみたいと思っていたのよ。今回のモイスティアの件で、そういった不自由な生活も体験しとかないと王選の旅の時に問題が起きそう」



「そうですね、この時期は森の中の生物も大人しい時期ですので、気温も低過ぎずちょうど良いんじゃないかと」



「まだ、ちょっと言葉が堅いわね……いいわ。早速、後でお母様に相談してみましょう!」



「キャンプみたいでドキドキするわね!!」



「「キャンプって???」」



エレーナとアルベルトの声が合った。










――その夜の食卓。








「……いいんじゃないの?気分転換にもなるし、討伐とかの旅に出ると常に宿に泊まれるわけではないからそういうことにも慣れておいた方がいいわね」




一口ワインを含んだ後、アーテリアは告げる。






「メイヤ。場所の選定と、この子達に応じた装備品を用意してもらえる?」




「かしこまりました。それで、参加するメンバーはどなたが?」




「そうね……」



目をつむり、危険性を加味した経験を上げるための構成を考える。




「メンバーは、エレーナ、ハルナ。……そして警護としてアルベルトにお願いしようかしら」




特に示し合わせていたわけでもないが、アーテリアはハルナと目を合わせ、少し意地悪に笑う。




――ガシャン!




手に持っていたフォークを落とすエレーナ。





「ちょっ!……ちょっと、お母様っ!?」



「なぁに?エレーナ……」




「な、なんで、アルも一緒なのよ!?」




ちらっとアルベルトが立っている方を見る。

しかし、アルベルトは動じていない。





「何故ですかって?それは、王選を見越した構成、且つ経験者である者が指導した方が良いからよ、エレーナ」



「に……にしても、なんでアルなのよ!?警護ならメイヤとかマイヤでもいいじゃない!」



「私どもはお屋敷の仕事がありまして、今は手が離せないのです」



マイヤは静かに、そう答えた。



「アル……そう、アルだって、仕事があるんでしょ!」





必死に抵抗する、エレーナ。






「それじゃ、その間アルベルトの仕事は二人に分担してもらっていい?」




「「――かしこまりました」」






ハルナは、関心する。


特に打ち合わせしていないのに、このエレーナの逃げ場を塞いでいくこの連携。




どうやら、二人の仲は周囲にわりと知られていた問題なのだったのだろう。






「で、覚悟はできたの?エレーナ」



「もぅ、勝手なんだから!?」






そういうと、エレーナは切り分けていた、蒸したジャガイモを口の中に頬張る。




が、その口元の喜びを隠しきれていなかった。





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