第76話 渡辺と問題が読めない司会者

「さぁ! 我らの渡辺とワイーン川島によるクイズ対決の火蓋が切って落とされようとしています!」


 司会進行役は竜二がかってでた。

突然現れたクイズ番組のセットに公園にいた人々も「なんだなんだ?」と集まり出した。虫のようになんか集まってる所に集まる習性がある老人らは「なんだ? ワシは死んだのか?」といぶかしげな眼をしている者までいた。

「これは、ワシの葬式か?」と大きなパネルを見上げる者もいた。「そうじゃ」とその老人に言う老人もいた。「えぇ!」と驚いて倒れる老人もいた。


渡辺・蓬田VS川島・エリザベスちゃんの闘いが始まった。


「でわ、第一問」


じゃーらん!


 問題を読む竜二から司会者のオーラがにじみ出ていた。

赤い縁の眼鏡をかけ、蝶ネクタイにラメがウルサく光っている星条旗柄のスーツを着て、髪の毛はいつもの赤毛のリーゼントから七三分けに。

 どっからどう見ても、ぶっ壊れた中古車ばっかりを老人に売りつけている詐欺師にしか見えなかった。

竜二の司会へのこだわりが見て取れる出で立ちである。意外な才能であった。


「問題です。えーっ……そらきのなかに いちばんおおく……何とかまれている もの……もの……読めぇねぇよ! は、何でしょうか?」(正しい問題「空気中に一番多く含まれている物質はなんでしょう?)

「ちょっと待ちなさいよ! 問題が解らないじゃないのよ!」

「シンキングタイム!」


 川島からさっそくクレームが出たが、竜二は知らぬ存ぜぬでこれを無視した。

元々、竜二が読める漢字は少ない。問題はブックオフ金田がいる古本屋でテキトーに買ってきたクイズ本から出題されている。金田は真面目に働いていたという。

 このクイズの一番の問題は、問題そのものではない。竜二が読む問題文をいかに解読ができるかどうかなのだ。これが渡辺たちの狙いである。

 漢字を知らない渡辺たちの弱点を逆手にとった、必殺技『司会者が何言ってるのかわからない作戦』だ。

 しかし、この作戦がこの後裏目に出ることになるのだが、それを知るものは誰もいない。


「はい!」


ぴんぽーん! 


 さっそく蓬田が、解答ボタンを押した! 当然だ、答えを全部知ってるんだから。


「はい、味噌色のパネルのマッドセガール市よりお越しの蓬田さん! 答えは!」

「ちょっと、何で今ので解るのよ!」


 川島の文句もごもっともだが、昨日からリハーサルを何度も繰り返しているので、もはや流れ作業であった。愛を失った中年夫婦の夜の営みの如く、ただただ心を殺して作業を遂行していくだけなのだ。


「答えをどうぞだぜ!」

「ちつそ!」


 蓬田が大声で答える。

正確には「ちっそ」だが蓬田の母体へのリスペクトが見て取れる「ちつそ」という答え。不良だけど母ちゃんはリスペクトは常識。ギリギリ正解であろう。


「ちつそ。えーっと正解は……」


 竜二は答えが書いてあるページを見る。答えには「窒素」と書かれている。蓬田、やりました。当然、正解である。



竜二が馬鹿じゃ無かったら。


「えーっと……読めねぇよ、これ。はい、正解が解りません!」


 ぶー! 不正解。


「ちょっと待て、竜二! そんな判断あるかよ、クイズで!」

「だって読めねぇんだもん!」

「正解が分からないクイズなんてあるかよ!」

「だって読めねぇもん!」


 これには蓬田が解答席を叩いてキレる。竜二もキレる。

「だって、答えが読めねぇんだもん、正解かどうかわかんねぇじゃねぇかよ! 正解はわかんねぇのに『正解!』って言えるわけねぇぜ! そこはちゃんとやろうぜ!」


 竜二は筋が間違った方に通った含蓄に、蓬田はシュンとしてしまった。昨日のリハーサルの時間を返せと思った。


 ピンポーン! 


喧嘩する二人を尻目に川島が勝ち誇った顔で解答ボタンを押した。


「はい! クソ色のパネルの川島さん! ボタンを押した!」


 竜二は蓬田に「不正解だから立ってろ」と命令して、川島の方に寄って行った。正解なのに、見方なのに、大事な勝負なのに、理不尽に味方に立たされる蓬田。三回休みです。


「おい、川島! アイツ、答え読めねぇんだよ! 答えても無駄だぜ!」


 もはや仲間割れであった。

 しかし、蓬田の注意に川島は勝ち誇った笑みで返した。


「私をアンタ達みたいな馬鹿と同じにしないで下さる?」


川島は不敵の笑みを浮かべ、解答席にあったボードに字を書いた。


「司会者さん、答えの字はこれじゃなくて」


 川島はそう言ってボードに「窒素」と書いて竜二に見せた。

 竜二は指で川島が書いた字をなぞる。たて、たて、よこ、よこ、ちょんちょん……合ってる。


「あ、同じ字だ。オバサン、正解!」


 ぴんぽんぴんぽん! 


これは川島のファインプレーである。ギャラリーからも「おぉ!」と拍手と歓声が沸いた。クイズはこうでなくては。


「じゃあ、オバサン、何番のパネル?」

「じゃあ、隅っこから一番」


 川島は左上の隅、一番を選択した。


 その頃。

 渡辺とエリザベスちゃんは公園を離れ、電柱の近くに設置されたテントで待機していた。

携帯で川島の選んだ番号を聞いた園児の斎藤は、エリザベスちゃんに一番の電柱でウンコをしていい許可を出した。


「『ウンコをしていい許可』ってなんだよ」と渡辺は待機しているパイプ椅子に腰掛け、心の中で思った。警察対策で今日は肌色の海パンを履いているが、基本的に全裸である。

早朝で寒い中、壺の中の味噌が固まらない様、定期的に掻き回さないといけないという地味な苦労を抱えながら、蓬田が答えるのを待っている渡辺。


情けないカリスマの姿である。


「渡辺さん、ストーブ持ってきました」

「あっつぁ!」


 手下が気を使って石油ストーブを持って来てくれたが、地肌に直で浴びせられるストーブの熱線は、想像絶する激痛を渡辺に及ぼした。昨日噛まれた尻に滲みる。


この勝負、今のところ全てが裏目に出ている。

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