第67話 渡辺と生き地獄
『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』ということで、蓬田先生による動物講義が開かれる事となった。
渡辺は授業も、オルガンの練習もしなくていいので「やった」と思って、ニコニコと蓬田先生の話を正座して聞いた。
が、これが後悔だった。
動物オタク蓬田は「待ってました!」と言わんばかりに、今まで誰も聞いてくれなかった動物トークにうっかり頭の中の知識のダムを決壊させたのだ。
とにかく、俺の熱い動物トークを聞け。もう、ワルモンとかそんなもんどうでもいいんだ。ロックだ! 作詞、俺。作曲、俺。演奏、俺の魂の動物トークを聴きやがれ!
蓬田のバカは、とにかく要点を全くまとめず、アフリカオセロチワワの知識を雪崩の如く喋りはじめたのだ。
オタク特有の、ただ自分の知識をひけらかしたいだけのその説明は、何が何だかさっぱりな上、二時間たっても三時間たっても、たかだか犬一匹の説明が終わる事は無かった。
一人、また一人と園児たちは「お経くずれ」とのちに称される、蓬田のつまんない動物トークに失神して言った。ジャイアンよりも酷い。
渡辺は思った。
「八つぁんにキスされてた方がまだ幸せだ」
渡辺の頭の中のアニョーガジョージくんは還暦を迎え、来年には孫が生まれる。
それでも渡辺の敵だという事で、竜二だけは歯を食いしばり、玉石金剛の蓬田の説明に食らいついて行った。
そして、富山の砂金職人を彷彿とさせる名人芸で、クソのような蓬田の説明の中から戦いに大事そうなところだけをピックアップして行ったのだ。
アフリカオセロチワワ。
まず、人間の言葉を話していたのは、九官鳥やインコみたいなものだという。そんな一行で終わる簡単な説明が終わったのは開始から四時間が経った頃であった。それより前の蓬田の個人的な見解はすべて無駄だったので、竜二のノートは全部捨てた。
四時間でたった一行。
奴らの生息地域は、弱肉強食の聖地アフリカのサファリである。もんの凄いウンコを拵えなさるのは、敵に「凄い大きい敵がいる」と思わせて、自分達の生息地域から追い払う為であった。
アフリカオセロチワワは電柱にウンコをする習性がある為、アフリカ人の村の近くに生息し、一部には人間のペットになる為、(犬なのに)猫を被る奴もいるのだという。犬なのに、猫を被るのだ。
「……おい! ここ笑い処だぞ!」
失笑も起きなかった事に腹を立てた蓬田の怒鳴り声で渡辺はビクッと目を覚ました。既に説明から八時間が経過し、夕方になっていた。
「寝てたな?」
蓬田に睨まれる渡辺。
「いえ、寝てません」
「誰のために説明してると思ってんだ」と蓬田に胸ぐらを掴まれた渡辺は必死で「すみません」と謝ることしかできなかった。
そして、このチワワの面白い習性は、電柱をオセロに見立ててウンコで陣地争いをする所だ。
敵がウンコをした電柱の両隣の電柱にウンコをすると、挟まれた敵のウンコがある電柱を自分の縄張りにする事が出来るのだ。オセロみたいにウンコを挟めば挟むほど、自分の縄張りが広がって行くのである。
マサイ族も携帯を持ち、アフリカの大平原にも碁盤の目の如く、たくさんの電柱が並び立つ様になった現代、文明の発展に乗じてアフリカオセロチワワは縄張りをどんどん広げて行った。
しかし、現在、アフリカオセロチワワは絶滅の危機に瀕しているのだという。その原因は、先進国がテレビ番組のロケや取材でアフリカを訪れる事だと言われている。
先進国はインフラ設備の整っていない、古き良き昔のイメージのアフリカを撮影するのを目当てにやって来るので、電柱があちこちに立っているのは都合が悪いのである。
その為、お金が欲しいアフリカ人は取り外しが可能なネジ式の電柱を開発したのだ。普段は電柱が立っているが、ロケの依頼が入ると皆で電柱を取り外し、あたかも電気が通っていないように演じるのであった。
電柱が消えれば、折角ウンコをして広げた縄張りも、また一から広げなくてはならなくなり、敵に食べられてしまうチワワが続出したのである。
この様に先進国の横暴によって生態系が破壊されると言う事は環境保護の大きな問題となっているのである。
「悲しいかな、これが現実だ」
蓬田が何もできない己の無力さに悔しそうに拳を震わせ、説明を終えた。その瞬間、東から朝日が昇って来た。
普段は大人しいチワワだが、自分の縄張りを脅かされたと感じたときの力はライオンをも凌駕するらしい。渡辺の次の敵は、予想以上の強敵であった。
「ライオン以上の強敵とどうやって戦えばいいぜ!」
竜二が蓬田に尋ねた。朝の六時。
渡辺の敵であるため、竜二はついに真面目に二十四時間にもわたった蓬田の説明を一言一句漏らさず聞くことに成功したのであった。
「あくまでも縄張りを荒らされたときに凶暴になるだけで、それ以外の時は大人しいチワワなんだよ。地域住民がウンコを毎日片付けたら何にも問題は無い。逆に一個でもウンコが落ちていたら、そこからオセロが始まってしまう」
「でも、地域の住民がウンコを拾わないでくれって言ってるぜ?」
「しょうがないんだ。アフリカオセロチワワのうんこはいい匂いがするし、風水的にも演技がいいんだ」
聞くと、アフリカの少年ジャンプの後ろのページの通販で一番売られているのが、アフリカオセロチワワのうんこなのだという。
その時、アナウンスから髭男の声がした。
「渡辺、大変な事が起きている。今すぐ園長室に来い!」
渡辺はハッと目を覚ました。何だ? どこだ、ここは?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます